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熊野古道 ー伊勢路ー ⑲ 阿須賀神社

熊野川をわたる。
この日の熊野川をずっと忘れない。

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思い返せば、関西に住んでいた僕が伊勢に移り、さらに熊野に縁をいただいている、そのこと自体が、まさに熊野詣・伊勢路を歩んでいたのではないか。
だから、今回、ちゃんと歩いてみたかったのかもしれない。

いくつ峠をこえて、いくつ街をこえたか、忘れつつある。というよりも、溶けつつある。ただ、その瞬間瞬間を重ねたという事実がある。
身体はそれを感じ、学んできたんだ。脳が分けることをやめていっても。

ありがたい。
まさか、自分が五日間でやり遂げたとは。

平成二十四年 十月十五日 朝八時二十分
新宮の阿須賀神社にたどり着きました。

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by kkiyono-lp | 2012-10-31 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑱ 紀宝町

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ずっと忘れない。
忘れたくない。
空も風も海も雲も人も同じ太陽に照らされているという実感。
そう思えた喜び、忘れないから。
神や仏をこえて、自然とともに在ることを知った。
そして、自然に対して祈り始めた。

真の祈りは、すべてのいきとしいけるものが、まことに、平和で健やかで、自由でありますようにと。
闇が包む時には闇の弥栄を祈る。
風を感じれば風の弥栄を祈る。

人も植物も星も同じ。
その弥栄を祈る。
平和と健康と自由を。

一筋の光が雲間から差し、空の色を一瞬で染めあげる。私の姿も染めあげる。同じこと。

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by kkiyono-lp | 2012-10-30 16:45 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑰ 浜街道

熊野市駅周辺から、新宮をめざして、22:00ころ、歩き始める。

昨日、八鬼山峠の上で泊まる、と決めた時、きっと十月十五日の阿須賀神社例大祭・神馬渡御祭までに、歩き切ろう決めた。
できるかできないかじゃなくて、決めた。そして胸に問い直してみても、それが一番わくわくした。

暗闇の防砂林の中を、歩き続ける。ただただあるく。
つかれると、空を見上げた。
満点ではなかったけど、まるで海に龍が飛び込もうとしているかのように星たちがみえた。そして、しんしんとした星の光が僕の身体に響く。
七里ヶ浜は、大きな音をたてて白波を、ゆったりとしたペースで起こしつづける。
そして、新月一日前の、月のない空。暗闇が僕も防砂林も七里ヶ浜をおおって、包み込んでいる。

こんなにも、星々や波の音、
そして深い闇が、人間に力を与えてくれるなんて知らなかった。
強烈に自然が与えてくれる力を感じた。
これが地球が僕らをしてくれているということなのか。


電車で30分の距離を8時間かけて歩いた。
とても貴い夜の巡礼だった。
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by kkiyono-lp | 2012-10-29 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑯ 闇の中、花の窟につく

曽根次郎坂・太郎坂の甫母峠。
その峠あたりが、楯見ヶ丘。
山から海を臨む。

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海は、母。
山は、父。



二木島の里に一度下り。

二木島峠、逢神峠へ。

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逢神峠は、熊野の神と伊勢の神が出逢う峠という由来がある。

徐福の宮がある波田須をこえて、日が暮れる。

結局、夕暮れまでに、
全ての峠は越えられず、
大吹峠・松本峠は、闇の中すすむこととなった。

闇の中で、峠をのぼりはじめ、峠をこえて、闇の下り坂を降りていく。
足元をヘッドライトで照らしながら。
こういう経験をするとは思っていなかったが、
思いの他、身体は軽く、闇と一体化していくようにさえ思えた。
闇が持っている温かい力を知った。
この経験がなかったら、僕はいつこの感覚を感じることができただろうか。
一人で闇の峠を越えること。
それは言葉にすれば単純だが、
いままで「冒険」が不足していただろう僕には、十分なGIFTだった。

ついに熊野市駅周辺につく。

銭湯が開いていて、ほんとうに有り難かった。
身体の疲れをおとす、とはまさにこのこと。
ゆっくりお湯を悦びながら浸かる。

そして、
ずっと胸にいだいていた、花の窟につく。
闇の中。

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ここまで来たんだ、という実感につつまれた。
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by kkiyono-lp | 2012-10-28 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

秩父札所巡礼㉑ 巫女の神託 ~札所十八番 白道山 神門寺~

札所十八番 白道山神門寺 へ。

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ご本尊は 聖観世音菩薩 おん あろりきゃ そわか

このあたりは、少し前に、「妙見の七つ井戸」を巡ってあるいたところ。
とっても気になるのは。「神門寺」という名前。
このお寺の成り立ちを知ったら、とても納得でした。

このお寺は、もともと現在の 札所十四番 今宮坊に属して栄えた修験寺ということ。
だから、修験と所縁の深い不動明王堂があるのでしょう。

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今宮坊にも不動明王が観音堂に祀ってありました。
元々今宮坊は、長岳山正覚院金剛寺今宮観音堂という修験の大拠点でした。


神仏習合の信仰は、例えるならば「みんなで縫い合わせた大きな布」のようなものかもしれない。と思いました。
様々な潮流の中でこの地にたどりついた、彩の布が縫い合わされて独特の模様の柄ができる。
このお寺の縁起も、「神仏の縫い合わせ」を感じるものです。
このお寺はもともと神社だった。神社は荒廃し、村人は再興を願って御神楽を奉納した。
すると巫女に霊験があり、寺にせよ。となった。

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こういう縁起が伝承されている、ということは、
こういった逸話に人々が共感してきた、ということを示しているということだととれるでしょう。
ああ、そういうこともあるのか!と。
この逸話の中で、神と仏の蝶番になっているのは「巫女に霊験があり」というところ。

古来より巫女は神楽を舞ったり、祈祷をしたり、占いをしたり、神託を得て他の者に伝えたり、口寄せなどをする役割であったが、明治になってからは神社において神事の奉仕をしたり、神職を補佐する役割へと変化していった。なお、現在、一部の仏教寺院で白衣に緋袴という、巫女装束そのもの、又は類似の服装で奉職する若い女性も存在している。
民間習俗の巫女に関しては、1873年(明治6年)には神霊の憑依などによって託宣を得る行為が教部省によって全面的に禁止された。―Wikipediaより

邪馬台国の卑弥呼も、霊験によって、まつりごとをしていたとよくききます。
聖武天皇の大仏建立の際に、八幡大菩薩が宇佐神宮から馳せ参じたときも、御杖代(みつえしろ)は女性だった。
宮中で祀られていた天照大神が、崇神天皇・垂仁天皇の御代に、最終的に伊勢の五十鈴川のほとりに着くまで御杖代となったのも、
豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)と倭姫命(やまとひめのみこと)だった。
古代から近代にいたるまで、女性に神が依る、口寄せする、といったことは、決定的な力を持っていたのだと思う。
それは日本だけじゃなくて、世界何処でも。それが多数派だったはず。

真の意味で、女性が中心の世界の到来が、もう一度求められていると感じています。
新しい命の母胎となる女性は、男性よりも「いのち」に対して敏感だし、直感がまさっている。
男性は争いたがる。
女性は包み込む。海のような。

「人間が社会をつくり、社会が人間をつくる。でも、それも自然に守られているに過ぎない」

女性が女性らしく、しなやかに美しく生きることが、
文明の大転換にとって、鍵になります。
しなやかに美しく、直感に従って生きてくださいね。

神門寺の本堂の裏には、回廊が。

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狭い回廊。なんだかこわいような、でも進んでみたいような。
もしかしたら、僕たちみんな産道を通って生まれてくるとき、こんな感覚をもっていたのかも・・・。
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by kkiyono-lp | 2012-10-27 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

熊野古道 ー伊勢路ー ⑮ 重なる峠を一心に越えていく

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八鬼山峠をこえて、名柄の一里塚につく。
太平洋戦争の出征兵士は、この一里塚まで見送られ、尾鷲駅までいき、そこから戦地へと向かっていったという。

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出征兵士たちの進んだ道をみつめる。
振り返り、みつめる。

今までより足早に颯爽と歩いていく。


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三木峠をこえて、羽後峠へ。
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山の神の社。
古から続く、山の男性的な霊力に対する畏敬の信仰が呼吸している。

そして、曽根の飛鳥神社へ。

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この飛鳥神社は、新宮の阿須賀神社と関わりがある神社とのこと。
大変歴史あるお社のようです。

そして、曽根次郎坂太郎坂。
もともと、志摩の国と紀伊の国の境ままできた。
次郎は曽根側・志摩国側からみて「自領」太郎は「他領」からきている。

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八鬼山峠をこえて、落ち着くかと思ったら、続けざまに峠!!
道を侮るなかれ。

とりあえず、最後の峠を日がくれる前にこえ、熊野市・花の窟まで歩き抜ける!
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by kkiyono-lp | 2012-10-26 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑭ 八鬼山峠で夜を明かす

夕暮れ間近に
登り始めた、八鬼山峠。

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ここで、大切な出会いがありました。

清順上人供養碑。
尼僧・清順上人は、戦国時代に、
神宮の式年遷宮が二十年ごとに行われておらず、荒廃していたことを憂い、諸国を勧進して浄財を募り、宇治橋を復興し、外宮の造営を苦労して成し遂げました。続いて内宮の遷宮を計画しましたが大望を果たせず、他界された方。伊勢と紀州を何度も往復された。
そのような情熱とともに神宮の式年遷宮は続けられてきました。
今を支える誰かの過去の情熱に深い深い敬意をもって。

日がくれて、道がみえなくなるまで歩いて、歩いて、ヘッドライトの光で、進み、進みました。

進み、進んで。
その時、感じたのです。
「この瞬間を感じるために、ここまで歩いてきたのではないか?」と。
自分の中を、風が吹き抜けていく感覚。意識ははっきりしているが、物質としての身体は闇に溶けていく。
闇には、本来恐れはなく、恐れているのは自分だけで、そこには空虚とは相反する満たされた親密さがあった。

峠あたりの東屋で眠る。
九鬼水軍の拠点だった、九鬼の光は遠い。
僕が東屋の着くと、すぐ何者かのゆっくりと重い足音が聴こえた。
闇を見つめても、何者かは、見えなかった。
眠りにつこうと横になると、鹿たちの声が間近に聴こえる。足音が聴こえる。そこにはいつもある人間と動物の壁はなく、ただ親密な闇が包んでいた。何度も鹿たちの声で目覚めながら、気配をしっかりと感じながら、、、朝を迎える。

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朝がくる

「道がみえる」というよろこび。

あと、新宮まで60kmくらい。
阿須賀神社の祭まであと1日。

歩けるところまで歩く。

風と共に、早足で、
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峠を下り始める。
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by kkiyono-lp | 2012-10-25 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑬ 尾鷲へ、そして八鬼山峠へ

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馬越峠を登ると、
大きな巌がたくさん。
巌の上に、木が生えている。
すごい樹勢で。

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頂上の巌の上。尾鷲を望む。

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峠を越え、里に近づくと
行者堂に出逢いました。

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この地にも、何度も行をされた方がいらっしゃった。
行者堂の奥には、滝があり、不動明王さまがお祀りされていました。
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のうまく さんまんだ ばざらなん
せんだん まかろしゃな そはたや うんたらた かんまん

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尾鷲のまちに降りて、

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尾鷲神社へ参詣。
秩父で産まれた私が、
伊勢からここまで歩かせていただきました、とお伝えしました。


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さて、
一度迷ったのです。
明後日の朝までに、
新宮・阿須賀に着くためには、
今日、少しでも前に進みたい。
しかし、この先は、伊勢路の最難所と云われる、八鬼山峠。
進むか、尾鷲で夜を明かし、朝から歩くか。

わくわくする方を選んだら、
「いま、進めるところまで、進む」でした。

この決断が、振り返るととっても大きな決断だったように想います。
止まりそうな一歩を、進むことにした。

夕暮迫るころ、八鬼山峠へ。
冒険のはじまり。

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by kkiyono-lp | 2012-10-24 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑫ 始神峠〜馬越峠

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歩くことで、
「スイッチ」が入る。

力強いスイッチ。
自然と一体化するスイッチ。
それは、一つの命として生きているという実感。
人を強くするのは、自然と一体になること。
人を弱くするのは、自然と切り離されること。

私の足は、自然の一部。
私の心臓も、自然の一部。
修羅の様を起こす頭も、自然の一部。
木立の中を、風が吹き抜けるように、この身を風が吹き抜けていく。
本来、違いはないと、徹底的に知ること。
知って、実感の中に包まれること。

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自然は、常に共にあると、知ること。

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その映し身である私。

始神峠をこえて、相賀の里にでる。

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八重垣神社
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を
建速須佐之男命

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相賀の鎮守・相賀神社さま。

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便ノ山鎮守までうかがわせていただきました。
道に歴史あり。
つまり折り重なるいのちあり。

今の世の中だからできることがある。例えば、高速度での移動。
今の世の中だから忘れがちになることがある。例えば、一歩一歩の道に折り重なる森羅万象。

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そして、馬越峠に入る。

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美しい石段をゆく。
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by kkiyono-lp | 2012-10-23 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道

熊野古道 ー伊勢路ー ⑪ 始神峠前の海岸

「森も海も人も、もともとは分かち難い」

朝、始神峠近くの浜で目覚めると、その実感が、ありありと漲っていた。

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前の夜、太平洋の上で踊る星々が、美しく、海面に映るのではないか、と、感じる程だった。
そして「碧の時間」がやってくる。
夜明け前、深い闇がだんだん浅い闇になって、碧に染まっていく。ひっそりとした時間。海にも、町にも、山にも、等しくやってくる朝という恩恵の予兆。

そして目覚めると、
「森も海も人も、もともとは分かち難い」
という言葉で心身は満ちていた。

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一晩眠った浜辺。
ありがとうございました。
忘れません。
しっかりと染み込みました。

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さあ、始神峠へ。
海や山と共に。
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by kkiyono-lp | 2012-10-22 18:50 | Earth Pilgrim 熊野古道