<   2012年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

秩父札所巡礼④ 救い、救われて。~札所二番 大棚山真福寺~

札所一番 四萬部寺の続き。

f0081311_2059275.jpg


四萬部寺の始まりについて、
今回、御朱印をいただいている納経帳には、縁起として

本尊は聖観世音にましまし行基の御作なり、寛弘四年三月十三日書写山にて性空上人、弟子幻通に告げて曰く、武蔵の秩父は観世音菩薩 有縁の地 汝行いて教化せよとありければ幻通師命を奉じ当所に来り妙典を読謡し、里人を教化し、茲に供養塚を建て大悲の像を安置し、秩父第一番の霊場と定めぬ。・・・・(一部抜粋)『秩父霊場三十四ヵ所納経帳』秩父札所連合会 発行 より

とあります。

行基という方のお名前はよくききますね。
奈良の大仏の建設責任者をされた方。鎮護国家の大事業。
聖武天皇の大仏建立といったら、八幡大菩薩が宇佐神宮から神輿に乗って馳せ参じる!
という歴史的事件!歴史の大きな転換点には、そのくらいのこと興る!やも!

寛弘四年は西暦1007年。平安時代後期ですね。
性空上人は、なんと兵庫県の姫路市にある書写山圓教寺を創建された方!!
ラストサムライのロケ地になったというお話をきいたことがあります。
書写山圓教寺、まだ行かれていないですが、きっと次こそは行きたいな、と。つくづく。
こうやってうかがいたいお寺様と故郷がつながっていることに、喜びをかんじます。

「武蔵の秩父は観世音菩薩 有縁の地」その一言から観音霊場が始まったと思うと、感慨深いです。
これも歴史的瞬間。
ちなみに、「大悲」というのは、観世音菩薩さまのことと四萬部寺さまで教えていただきました。

 
さて、四萬部寺から 札所二番 大棚山真福寺 へ。

道中に、如意輪観世音菩薩のお堂が。


f0081311_2155160.jpg



おん はんどま しんだ まに じんば ら そわか 

如意輪観世音菩薩も、観世音さまが六種に変わられるお姿の一つ。
如意宝珠を持ってらっしゃるお姿です。
以前、兵庫の西宮にある廣田神社の御神宝に「剣珠」という日本最古の如意宝珠があると知って、
興味津々でした。
廣田神社の「剣珠」は、神功皇后が朝鮮半島へ向かった時に持っていたもの、というようなお話を読んだことも。すごい。神話の世界に登場するものがそのまま宝となっていること、感動です。

如意宝珠(にょいほうじゅ チンターマニ 梵: चिन्तामणि [cintaamaNi])とは、仏教において様々な霊験を表すとされる宝の珠のこと。サンスクリット語でチンターとは「思考」、マニは「珠」を指す言葉で、「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味である。―Wikiediaより

ハートランド(大陸)の東端に位置する、リムランド、ヤポネシア・日本列島。
如意宝珠は島々の願いの結晶のようにも感じます。

札所一番から、思った以上に上り坂を行く。
あれ、、ほんとうにこの道であってるかな、という感覚がおこる。
でも、一歩一歩歩くことが、楽しい。
晩夏の時期に、巡礼。

札所二番 大棚山真福寺


f0081311_21112661.jpg



森の中の、静かなお堂でした。
僕は、真福寺さんのはじまりの物語、縁起、好きです。

高篠山の中腹にあり、古へ大棚禅師この地に留まり鬼丸と言う岩窟に篭り参禅怠りなかりし折、不思議や一人の老婆朝夕来りて、禅師が安置せる観世音に詣で、香華を供えければ禅師あやしみ、汝は何者と問えば、老婆は涙を流し心中の苦を語りぬ。禅師為に法を問いて苦を脱せしむ。老婆得脱の礼に竹杖を納むこれ大悲の効力なりとて霊場とす。『秩父霊場三十四ヵ所納経帳』秩父札所連合会 発行 より

加えて、お寺の由緒書きには、老婆は、自分は里の人間であるといい、心中の苦とは、嫉妬深さだったとのこと。そして、竹杖を納めると、忽然と姿を消した。というように書いてあったと思います。

大変、不思議な物語ですね。
老婆は、自らの苦しみを禅師によって脱し、その御礼に納めた竹の杖を納めた。その竹の杖に観世音さま
の霊験があった。
老婆が忽然と消えたというところから、老婆の姿を借りた観世音さまだったのかもしれませんね。
そうだとしたら、真に救われたのは大棚禅師だったのかもしれません。
救い、救われることで、より大きな気づきがはじまります。

救うものも救われるものも、観世音さまの大海のごとき、慈悲の中、ということができましょうか。

Be happy, Be peaceful, Be liberated.
[PR]
by kkiyono-lp | 2012-09-21 22:12 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼① 観音さま

2012年9月19日 

秩父今宮神社をお参りし、

そこから、一番~五番まで巡礼しました。

歩いてまわることで、秩父をしっかり見てまわろうと、思うのです。

自動車は便利だけど、

見逃してしまうものも、きっとたくさんある。

秩父の美しさは、きっと、歩いて見つかるものも多いはず。




僕が、子供のころから「札所参り」と、知っていた巡礼の正式名称は、

「秩父三十四観音霊場」の巡礼だと、今回、巡礼することを決めてから知った。

西国と、坂東と、秩父、合せて日本百観音霊場。

秩父の札所参りは、観音様と共にある道。

観音さまとは、

観音菩薩(かんのんぼさつ、繁体字:觀音菩薩)、梵名アヴァローキテーシュヴァラ(梵: अवलोकितेश्वर, Avalokiteśvara)は、仏教の菩薩の一尊であり、特に日本において古代より広く信仰を集めている尊格である。「観世音菩薩」または「観自在菩薩」ともいう。「救世菩薩」(くせぼさつ・ぐせぼさつ)など多数の別名がある。一般的には「観音さま」とも呼ばれる。 ―Wikipediaより

この観音さま、ほんとうに、深い。

今日、巡礼した一番~五番は、

聖観音菩薩・聖観音菩薩・聖観音菩薩・十一面観音菩薩・准胝観音


真言系では聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、如意輪観音、准胝観音を六観音と称し、天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。六観音は六道輪廻(ろくどうりんね、あらゆる生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもので、地獄道-聖観音、餓鬼道-千手観音、畜生道-馬頭観音、修羅道-十一面観音、人道-准胝観音、天道-如意輪観音という組み合わせになっている。―Wikipediaより


つまり、観音さまはあらゆる生命を救うために、「変じ給う」。


この巡礼を通じて、私たちの祖先が何を敬い、何を畏れたか、そして何を美しいと感じたか、嬉しいと感じたか、共に歩きながら、感じれれば、と思っています。
[PR]
by kkiyono-lp | 2012-09-20 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼② 八大龍王宮

僕が大好きな神社さまに、

秩父今宮神社さまがあります。

そこには、大きな欅があります。

f0081311_21294479.jpg


秩父今宮神社さまには、

八大龍王さまが祀られています。

この神社と出会わせていただいて、もっとこの日本の深い地層を知りたい。
知るだけではなく、感じたいと思ったのです。


古から、秩父三十四観音巡礼は、この八大龍王宮をはじめに詣で、
つづいて、札所一番から巡礼をする、と伺いました。

こちらの境内に湧いているお水は、
秩父の母なる御山・武甲山の伏流水。

水が命を保ち、生かしています。

「武甲山に木を植えたい!」
いま、それが、僕が一番ワクワクしている夢です。

ここから、まず札所一番・四萬部寺まで5.4㎞!

きっと、目的地に着くだけでなく、歩いているすべてが巡礼。
一歩一歩、感じて歩こう。
[PR]
by kkiyono-lp | 2012-09-20 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼③ 膨大な物語と時間の一端 ~札所一番 誦経山四萬部寺~

久しぶりにパソコンで文章を書いています。

感じたことを、なるべく忘れないように。

ということで、勢いをつけるために、小沢健二さんの「カローラⅡにのって」をききながら、
そして「痛快ウキウキ通り」をききながら。

小沢健二さんをききながら、巡礼について書く! いいぜ! 相応しい、僕にとっては!


秩父今宮神社さまから、

札所一番 誦経山四萬部寺へ。

道中にもたくさん発見がありました!

例えば、愛宕神社さま。
秩父の生まれでありながら、ちゃんとお参りさせていただいたのは、
これが初めてでした。

愛宕神社さまのご祭神は、
火之迦具土神(ひのかぐつち)です。火の神様。そして、火伏の神様。
秩父には秋葉神社さまもあります。ここも火伏の神様ですね。
火はとっても、有り難いもの。火をもってして、初めて人と成った、ともいえる。
その反面、そのエネルギーで、様々なものを燃してしまうもの。
敬う火。世界中、いつだって、これからも。
恩恵に感謝し、同時に畏れる私たち。自然の中の一片。


四萬部寺さんは、毎年、施餓鬼で訪れます。


f0081311_22573063.jpg


施餓鬼は“せがき”と読むのですが、なんなのかな、と気になって調べてみると、

訓読すれば「餓鬼に施す」と読めることからも分かるように、六道輪廻の世界にある凡夫の中でも、死後に特に餓鬼道に堕ちた衆生のために食べ物を布施し、その霊を供養する儀礼を指す。―Wikipediaより

なるほど。
では、餓鬼とは?

俗に、生前に贅沢をした者が餓鬼道に落ちるとされている。ただし仏教の立場から正確にいえば、生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。しかし大乗仏教では、後々に死後に生まれ変わるだけではなく、今生においてそのような行状をする人の精神境涯をも指して言われるようになった。
餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされることがないとされる。極端な飢餓状態の人間と同じように、痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上がった姿で描かれることが多い。―Wikipediaより

深い!
私たちは、この世界観の前に立ち止まらずにいられようか!

御本尊は、聖観音菩薩さま 真言は おんあらろきゃそわか です

もともと馴染み深いお寺でしたが、歩いて到着した時には、
「あー、ついたー」っていう、高揚感があります。

お寺の裏にありました、八坂神社さまにも初めてお参り。
スサノオノミコトさま、根の国。そして出雲のスピリット。

一つのお寺のことを書くだけで、そこに織り込まれてるたくさんの物語、信仰の水脈、時代の地層の膨大な量に、驚く。それだけいま僕らが生きているときは、刹那。なんだなと感じる。
その膨大な時の一端に、私がいる。

f0081311_2332136.jpg

[PR]
by kkiyono-lp | 2012-09-20 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

歩くことで、自由になる

「歩くことで、自由になる」

2012年の7月、8月は、岩手県の龍泉洞から富士山まで歩く、富士夢まつりに関わらせていただいた御蔭で、たくさんの距離を歩くことができました。一人ではなく、たくさんの人と一緒に、約1000㎞の道のりを、富士夢神輿を運びながら歩くことができたのは、ほんとうに、ほんとうに、一生物の宝です。これから、もっときらきらと輝く経験となるでしょう。


歩くことが、心を自由にする、と感じています。
頭で考えているだけじゃ、がんじがらめになる。
頭で想像しているだけじゃ、行き止まりにぶつかる。

今の僕は、
歩くことで立ち現われてくる現実の美しさに胸を打たれている。
歩くことで、脈が上がっていくことで、湧きあがってくる楽しさを感じ始めている。
歩くことで、生きていることを、実感している。

だから、巡礼をすることにした。

そういえば、地球巡礼(Earth Pilgrim)という言葉に、今年の春に出会って、ずっと、胸にあった。

地球の上を、祈りを持って歩いてみよう。
それが、生まれた町でも、古道でも、インドでも、ヨーロッパでもどこでも。
生きていることを実感しよう。

いま、歩くことで得始めた「実感」は、いままで得たかったけど、得られなかった実感に近いように感じる。

このような大きな気づきに、深く深く、有難う!
[PR]
by kkiyono-lp | 2012-09-19 20:26 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼