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秩父札所巡礼⑬ さまざまな信仰が、重なりあって~札所十一番 南石山 常楽寺~

札所十番から十一番に向かう途中でみつけた「武州奥山半増坊」の石碑。


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「奥山半増坊」、という言葉ははじめて聞いたけど、
調べると、予想してないことだった。

奥山半増坊は、の静岡県にある方広寺の「鎮守の神」であって、
「鼻高天狗」だということ!
天狗、きたー! ついに!
いつかくるとおもってたけど、ついにきたー!
鎌倉の建長寺にも鎮守として半増坊が祀れているそうです。
知らなかったー。

その姿、よく祭祀でみる猿田彦に似てる。

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ここにも、似ているものがくっついていくという、神話の性質が生きているのか。

秩父には山がある。山あるところには天狗あり。ということか!
面白いのは、静岡県の方広寺は、臨済宗方広寺派の総本山。
鎌倉にある建長寺は、臨済宗建長寺派の大本山。
禅宗である臨済宗の鎮守が、半増坊―鼻高天狗。。。
凄すぎる。
天狗という、あっちの世界とこっちの世界の狭間にある存在が、鎮守。
禅宗の見方が変わりそうです。

この石碑の隣には、

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このお社があって、どのような社なのか判別できなかったのですが、
柱の下に小さく「御嶽神社」というふうに書いてありました。
なんだか僕は、武甲山―蔵王権現社―山伏―天狗―半増坊権現と連想してしまいます。
そのような回路が見えるような。
このお社に祀られているのが、半増坊大権現なのか。

半増坊大権現の真言は おん なんのうちりちり そわか

新たな信仰と、その後ろに様々な願いを持った人たちとの出逢った気持ちです。



さらにいくと、僕の家族も子供のころから「こくぞうさま」と呼んでいた、
虚空蔵寺に上っていく階段がありました。小さいころから、1月の縁日にだるまを買いにいった思い出があります。

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ここだったのか。
この虚空蔵さまは、「秩父十三仏」の一つ。
またの機会に伺いまーす。


この日は別件で、ここまで。

そして、巡礼四日目。
彼岸がそろそろあけるころ。

札所十一番 南石山常楽寺 へ


そして、お寺の入り口に行ってみると。

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おお!
これは、不思議。道の半分だけ鳥居!
ミステリーハンターのアンテナが、ぴぴぴぴ、と。
ということで、まず鳥居をくぐってみることに。

すると、常楽寺の参道からわかれて、鳥居が続く。
まずは、上之台琴平神社。


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琴平神社のご祭神は、大国主命の和魂(にぎみたま)の大物主なんですね。
大物主は、奈良の三輪山にある大神神社のご祭神となっています。
大国主・事代主・建御名方命、国津神と呼ばれる神への信仰の根強さを感じます。
国津神の「津」は、ひらがなの「の」ですから。
国津神=国の神。
弥生文化がやってくる前に、この島にあった、縄文の狩猟採取生活を代表する神たち。

さらに鳥居を進んでいくー。
9月の末だけど、まだまだ蚊がいっぱい!

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そして、上之台稲荷神社へ。
奉納されている鳥居も多い、お稲荷さん。
ちなみに、お稲荷さんの祭神は
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

実は、この神社のお名前は知っていたのですが、
物心ついてから、来たのは初めてでした。
常楽寺も、上之台稲荷神社も、僕の生まれた町内なのに!
10月8日にお祭りなので、今年はいってみます。

さて 
札所十一番 南石山常楽寺

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ご本尊は、十一面観世音 おん まか きゃろにきゃ そわか

もともと常楽寺は、もっと大きなお寺さんだったようですが、
1878年(明治11年)秩父の大火で類焼したそうです。

秩父大火?!
秩父の市街の約4万坪、447棟を焼け尽くしたとのこと。
ぜんぜん知らなかった!!!!
これ、秩父の中心部を知るためにすっごい大事だ。。。。
秩父の中心部には、130年を越えるような建物って、ほとんどないんじゃないか!?

常楽寺の縁起

その昔、この寺の住持、門海上人は仁王門建立を志し
多年観化に心をくだきましたが、普譜なかばにして思い病いとなり
本願の達しがたいことを憂い本尊に快気を祈りましたところ、ある夜
黄面の老僧、金銅神を下がいて現れ「門海の病気吾能治すべし」と云い金銅神
に上人が宿を引立てられるところで夢さめ、たちまちに病い全快し仁王門建立
の本願を達したと云う縁起があります―寺内「市指定史跡」看板より


この縁起の中で僕が面白いな、と感じるのは
「ある夜」というところ、
様々なことのはじまりは「ある夜」起こる。
前触れなく。
「ある夜」スイッチが入る。
「ある夜」一番ふさわしいことが起こる。
僕たちは、そういう世界で生きている。ほんとうは。


常楽寺と、上之台琴平神社・上之台稲荷神社
きっと明治時代の神仏分離までは、一緒にあったんだろうな。
私たちが、別々とおもっているものが、実は共にあったということを知ること。
それは、世界との向き合い方を変える、一つの面白い方法。
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by kkiyono-lp | 2012-09-30 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑫ 誰かが、そこで、いつも祈っている~札所十番 万松山 大慈寺~

横瀬の巡礼は続く。

明智寺から、

札所十番 万松山大慈寺 へ。

このお寺は、かなり私の生家に近いお寺。
小さいころに通っていた歯医者さんのちかく。
ここの歯医者さんは、「自然歯科」さんで、
歯を削ったりすることは、僕の経験では一度もありませんでした。
歯医者さん、ってそういうものだと思ってたから、怖い経験とかしたことないです。

よくその歯医者さんは、人の骨格の図を見せながら、
歯を間違って削ると、体のいろんな部分に負担がかかることを教えてくれました。
6歳から10歳くらいの時。
その経験は、大人になって、自然治療とか、東洋医学とかを学ぶ時に、
すんなりと受け入れられる素地になったように思います。

いまはその歯医者さんは、東京に移り、さらに愛知県に移られているようです。
本当にこの歯医者さんには、深く感謝しております。

「自然歯科」で検索すると出てきます!

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万松山大慈寺

ご本尊は、聖観世音菩薩。 おん あらろきゃ そわか。
このご本尊も、恵心僧都(天慶5年・942年 - 寛仁元年・1017年)の造ったもの、という言い伝え。

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歴史の中で刻まれた仏像が、たくさんの縁起の中で、いまこの場所にあるという事実。
いままでどれだけの人と向き合って、祈られてきたのだろうか。

学生の時に、ドイツのアウグスブルクにいった時、
アウグスブルク大聖堂に行きました。

その教会の中に立ち込めている、深い祈りの空気におどきました。
「1000年以上も前から、この場所では、誰かが祈っていた」と実感できる空間。
まるで祈りが凝固して壁の一部となっているような質感。

誰かが常に祈っている、ということは、希望のように感じます。
どんな時代でも、社会・個人の苦しさはあり、それと向かい合う人間の姿があるでしょう。
それは、時代を遡っても、未来をみても、きっとそうだろうと思います。
そして、誰かが昔、ここで祈っていた。これからも祈っていくだろう、という事実。
それは、宗教の枠をこえたもの。誰とでも共有できるもの。

先日、渋谷で『祈り~サムシンググレートとの対話』を観ました。
祈りが、遺伝子や意識へどのように働きかけるのかが、科学的に解明されつつある、ということです。
祈ることが、どのような変化を生み出すのか理解が深まれば、私たちの生活や世界観、宗教観は、変化していくかもしれません。

祈り~サムシンググレートとの対話~公式Webサイト
http://www.inori-2012.sakura.ne.jp/


大慈寺さんの御堂には
色鮮やかな龍が彫られています。

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龍・・・
それは「縄文以来の、この島国のスピリットが乗って遊ぶ生き物」。
なんだか、龍は怖い顔しているけど、遊んでいるんじゃないか。
そんな風に、最近は感じるのです。

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大慈寺の山門からの風景。
稲刈りが終わった風景。


さて、ここからがすごかった!
大慈寺から、札所十一番に向かう山道があると、納経所で教えていただき、わくわく行ってみることに!
そしたら、
とっても楽しい!
でも、蜘蛛の巣がすごい!!

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この巡礼で、この後何度も見舞われる、蜘蛛の巣の国のはじまりであった。

でも、いい道です。

峠を越えると、
このような石碑が。

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奥山半蔵坊とは?
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by kkiyono-lp | 2012-09-29 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑪ ばらばらだった回路が、繋がっていく~札所九番 明星山 明智寺~

二日目の巡礼は、八番で切りあげたので、

札所九番 明星山明智寺 へ

これで、巡礼三日目。

いままで横瀬をゆっくり歩いたことがなかったから、とっても新鮮。
自分の頭と体の中に、いままでバラバラだった秩父の地図ができてくる。
いままで意識されていなかった回路にエネルギーが流れ出すように。

武甲山の見え方も、僕が生まれ育ったところからとは結構違う。
だけど、おなじ御山の下、水をいただいて、幸をいただいているんだな。

いまでこそ、僕たちは、世界中から届く食べ物を食べて、この身体をつくりあげているけど、
僕の曾祖父、祖父のころまでは、今と比べれば圧倒的に地産地消だったはず。
そして、自家消費の割合も大きかったはず。
ということは、もっと直接的に、「生まれ育った土地の土と水で生きていた」ということだろう。
僕たちは、そこまで地産地消が徹底できていない。
でも、先祖がそのようにして、命を紡いできたからこそ、僕たちの生きている今があるんだから、
僕たちも「生まれだった土地の土と水の御蔭でいま生きている」といえるだろう。

土地―とち―土霊
土と血は繋がっている。


2007年に、京都の左京区に住んでいたとき、
小沢健二さんがつくった『おばさんたちが案内する未来の世界』という映画をみた。
それは、中南米を舞台にした映画だったけど、その映画をみて強烈に感じたのは「僕たちの生まれた土とともにある、血と時間」だった。
5年くらい経っているけど、いまでも、「僕たちは僕たちの中に流れている血の故郷である土とともに在れるか」「僕たちは僕たちの時間とともに在れるか」が
僕の大きなテーマだし、そこをみている。

そうやって、いま故郷を歩き続けていると、なんだか、課題の根幹に取り掛かりつつあるのかもしれない、なんて、感じる。
知的な好奇心に終わらない実践としての「生」
でも、偉そうに言うことじゃない。「生」はみんな、乗っている。
ただ、ざくっとシャベルを、この地面の深くに、入れたい気持ち。
そこに美しいものがある気がしてる。



明星山明智寺へ

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ご本尊は 如意輪観世音菩薩 おん はんどま しんだ まに じんばら そわか

少し前に、如意宝珠について書きましたが、
この如意輪観世音がもっているのも、如意宝珠。

境内には、文塚、というものがありました。

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文塚は、六十六代天皇の一条天皇の皇后が難産で苦しんだ折、恵心僧都(源信)勅令を蒙り、如意輪観世音菩薩を彫って安産祈願したところ、
安産となり、その後武州横瀬で女性の難産を救い、ひいては女性の願いをきいてくださる御利益となった。ということ。

如意輪観世音菩薩は、六道のうち、天上道の衆生を救い導き、利益を与える。

天上道、というと、安直な僕は、天国みたいなところかと思った。
だから、苦しみはないのではと思っていたが、それは違った。

天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれておらず、仏教に出会うこともないため解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは5つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。

三島由紀夫の『豊饒の海』四部作の四作目『天人五衰』。最後の五衰が起こる場面が、ほんとうに、当時の僕にはショッキングだった。
たしか大学二年だったような。『豊饒の海』四部作、『春の雪』、『奔馬』、『暁の寺』、『天人五衰』どれも、心に残っています。
強く頭を殴られて、しばらく、その世界で暮らしていたくらいの衝撃だった。
当時は、たくさんの頁を割かれていた仏教の世界観についての作者・三島由紀夫の想いが汲み取れなかったけど、
いま、読んだら、前よりも強烈に感ずるところがありそうだ。

バラバラだった経験は、なぜだか、通るべきだったような気がする。
それは後になってから気づくもの、か。
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by kkiyono-lp | 2012-09-28 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑩ 武甲山に、近づく~札所八番 清泰山 西善寺~

札所七番から札所八番 清泰山西善寺 へ

武甲山にむかって、どんどんすすんでいくと、

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この石碑に出会いました。

武甲山御岳神社。

・・・・始まろうとしている!
新しい世界との出会い!

西善寺に行く前に、しっかりと、武甲山御嶽神社に行くことに。
歴史の地層をしっかりと感じる練習。

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ここは武甲山御嶽神社の「里宮」
そういえば、武甲山の現在の山頂付近にある神社さんは「御嶽神社」だった。。。。
その「里宮」ということなんだ、きっと。

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調べてみると、

御嶽神社(みたけ じんじゃ)は、蔵王権現を祭った神社。金峰神社・金峯神社(きんぶ、きんぷ、きんぽう、みたけ)ともいう。総本社は吉野金峰山寺の蔵王権現堂。
修験道の神である蔵王権現を祭る神社は、明治時代の神仏分離のときに、御嶽神社、金峰神社(金峯神社)、蔵王神社などと改称された。神道において、蔵王権現は「大己貴命、少彦名命」、「国常立尊、大己貴命、少彦名命」や、「安閑天皇(広国押建金日命)」、「金山毘古命」と習合し、同一視されたために、それらの神々を祭神とするようになった。なお、覚明、普寛が創始した木曽御嶽信仰に基づく神社は、上記と区別して「おんたけ じんじゃ」と呼ばれる。起源は蔵王権現信仰であるが別の信仰として分化している。―Wikipeidiaより

御岳神社―蔵王権現!!
たしかに、吉野にも金峰神社があった。
そういうことだったのかー!

武甲山の頂上には、蔵王権現堂や鎌倉時代に建立された熊野権現堂(!)もあったらしい。

武甲山御嶽神社
横瀬町(当時は横瀬村)の村社、旧武甲山蔵王権現社である、明治の神仏分離令および一村一社令の時に横瀬村の50余りの神社を習合し武甲山御嶽神社となる。現在残存する同町内の神社は有志が事前に遷座し保存したものである。山頂にはほかに鎌倉時代に建立された熊野権現社などが存在した。石灰岩の採掘により旧山頂にあった縄文時代から近代までにいたる歴史のあった信仰遺跡、巨岩群は完全に消滅しており、現在の社殿は頂上付近から移転されたものである。―Wikipedia「武甲山」より

ちょっと、武甲山に関する意識が定まってきた。
そこにある空気の質に意識が合ってきたような。

つまり!

明治以前の神仏習合の世界では、
秩父夜祭は、武甲山の蔵王権現と秩父神社の妙見大菩薩が出逢うお祭りだった、ということか!

武甲山(旧:武甲山蔵王権現社、現:武甲山御嶽神社)の男神(神話では蛇もしくは竜神、神仏習合後は蔵王権現)と秩父神社・母巣の森の女神(神仏習合後は妙見菩薩)が1年に1度の逢瀬を楽しむ祭りといわれている。祭自体は秩父神社の創建から存在した可能性が高いといわれている。寛文年間ごろから付祭として屋台・笠鉾が曳かれるようになった。―Wikipedia「秩父神社―秩父夜祭」より

圧巻!!
妙見さんのことは知ってたけど、相手は蔵王権現だったとは!!
すっごい、納得!

さあ、横瀬側の武甲山が近づいてきた!
かなり接近。

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札所八番 清泰山西善寺 
臨済宗南禅寺派のお寺です。
本尊は 十一面観世音 おん まか きゃろにきゃ そわか

境内に入って、その楓の美しさに驚く。

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秋にきたら本当にすごいことになっているだろう。

嵐の後に 散らばる楓 踏み避けながら・・・・
なんて小沢健二の「夢が夢なら」の世界に入る。夢が夢ならそれでもかまわない。

西善寺のご本尊を作られたのは、恵心僧都、とあります。

恵心僧都は尊称で、源信というお名前の方です。
この方の師匠が、比叡山中興の祖・良源 
良源は、通称 元三大師!

そう、あの方です!

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子供のころからこの方の絵が、結構身の回りにあって、
深く印象強い方もいるのでは。
もちろん僕もその一人。
最近、この方がどういう方か分かって、
分かった時には、積年の謎が解けた想いでした。
それほど、あの絵の印象が強い!!
それにしても、なんでああいう姿なんだろうと調べると、
角大師-2本の角を持ち、骨と皮とに痩せさらばえた鬼の像を表した絵である。伝説によると、良源が鬼の姿に化して疫病神を追い払った時の像であるという。角大師の像は、魔除けの護符として、比叡山の麓の坂本や京都の民家に貼られた。―Wikipedeiaより
自ら鬼に変身したんだ!

西善寺の詠歌
ただたのめ まことのときは さいぜんじ きたりむかへん みだのさんぞん

ただ頼め 真の時は 最善時。
相応しいときに、相応しいことが、相応しいかたちで、相応しい量だけ、やってくる。

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うーつくしさー♪
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by kkiyono-lp | 2012-09-27 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑨ 平賀源内と楠正成、なのか? ~札所七番 青苔山 法長寺~

札所七番 青苔山 法長寺 へ

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ご本尊は十一面観音 おん まか きゃろにきゃ そわか

十一面観音は六道のうち、修羅道の衆生(しゅじょう)を救い導き、利益を与える、ということです。

修羅といったら宮沢賢治『春と修羅』宮沢賢治の生前に出された唯一の詩集。

修羅道は阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。―Wikipedia


あらためて「六道」とは何かを。

六道(ろくどう、りくどう)とは、仏教において迷いあるものが輪廻するという、6種類の迷いある世界のこと。
天道(てんどう、天上道、天界道とも)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)
仏教では、輪廻を空間的事象、あるいは死後に趣(おもむ)く世界ではなく、心の状態として捉える。たとえば、天道界に趣けば、心の状態が天道のような状態にあり、地獄界に趣けば、心の状態が地獄のような状態である、と解釈される。―Wikipediaより

人は生きながらにして様々な悩みの世界を行き来しているというのが、六道の世界観なんですね。
修羅道は、争いが絶えない世界にある心の姿。

境内には豊川稲荷様もあります。吒枳尼天!
愛知県にある豊川稲荷は、曹洞宗とのこと。
こちらの法長寺も曹洞宗。
いーってみたいな 豊川稲荷。

さて、この法長寺 本堂の図面をつくったのは、
なんと、平賀源内とのこと!!

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平賀源内!!
えれきてる!
うなぎのかばやき!

なぜ、ここで平賀源内なのかと、興奮。
その後調べると、秩父に深い所縁があったとは!

明和3年(1766年)から武蔵川越藩の秋元凉朝の依頼で奥秩父の川越藩秩父大滝(現在の秩父市大滝)の中津川で鉱山開発を行い石綿などを発見した(現在のニッチツ秩父鉱山)。秩父における炭焼、荒川通船工事の指導なども行う。現在でも奥秩父の中津峡付近には、源内が設計し長く逗留した建物が「源内居」として残っている。―Wikipediaより

石綿って、最近話題になった「アスベスト」!!いまは使用禁止!
アスベストって江戸時代からあったのか。
ニッチツ鉱山の礎に平賀源内の活躍があったとは、感慨深い。


もう一つ、興味深かったのは、これ。


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この家紋は、、、神戸の方はおなじみ、湊川神社にある紋!
そう、楠正成の家紋なんです。
なぜ、ここに!菊水が!

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by kkiyono-lp | 2012-09-26 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑧ 武甲山頂上には蔵王権現社があったんだ ~札所六番 向陽山卜雲寺~

巡礼二日目。

昨日の最後に着いた語歌堂から

札所六番 向陽山卜雲寺 へ。

いやぁー、今日は晴れてて気持ちいいなー。

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昨日の曇りの語歌堂とくらべると、同じお寺でも、ぜんぜん雰囲気が違いますね。



語歌堂の山門を出て、南に一歩目!

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武甲山が、はっきりと見える。

この日は一日、武甲山がずっと見えていた。

秩父札所三十四ヵ所はみな、秩父の母なる山、武甲山の懐にある、ときいたことがあります。

武甲山に抱かれて、巡礼はすすむ。。。


横瀬町に入り

大分歩いて

卜雲寺に到着すると


武甲山が、まさに真正面に見えます。

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向陽山 卜雲寺
ご本尊は、聖観世音菩薩 おん あらろきゃ そわか


こちらのご本尊は、元は、武甲山の山頂にあった蔵王権現社にあったものとのこと!
やっぱり、武甲山も修験・山岳信仰の聖地だったんだ!!

蔵王権現は、吉野で役小角(役行者)が、感得した仏。 おん ばきりゅ そわか

蔵王権現は、役小角(えんのおづぬ、7世紀頃の山岳修験行者)が、吉野の金峯山で修業中に示現したという伝承がある。釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊の合体したものとされ、今でも吉野山の蔵王堂には互いにほとんど同じ姿をした3体の蔵王権現像が並んで本尊として祀られている。―Wikipediaより

吉野、熊野、富士山、大山、そして、秩父武甲山。修験の歴史と共に、役小角のスピリットは息づいている!
そして、役小角のスピリットの源泉は、まさに縄文。この島国の深い地層から染み渡る呪術の気。生命礼賛。

この間も、鳥取の三徳山三佛寺で国宝の投入堂をみてきましたが、
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このお堂を投げ入れたのも、役小角という伝承なんですね。

秩父今宮神社にも、役行者飛来の地があります。

『日本霊異記』によると
若くして雲に乗って仙人と遊び、孔雀王呪経の呪法を修め、鬼神を自在に操った。鬼神に命じて大和国の金峯山と葛木山の間に橋をかけようとしたところ、葛木山の神である一言主が人に乗り移って文武天皇に役の優婆塞の謀反を讒言した。優婆塞は天皇の使いには捕らえられなかったが、母を人質にとられるとおとなしく捕らえられた。伊豆島に流されたが、昼だけ伊豆におり、夜には富士山に行って修行した。大宝元年(701年)正月に赦されて帰り、仙人になって天に飛び去った。道昭法師が新羅の国で五百の虎の請いを受けて法華経の講義をした時に、虎集の中に一人の人がいて日本語で質問してきた。法師は「誰ですか」と問うと「役の優婆塞」であると答えた。法師は高座から降りて探したがすでに居なかった。一言主は、役の優婆塞の呪法で縛られて今(『日本霊異記』執筆の時点)になっても解けないでいる。―Wikipediaより

仙人と遊んだり、鬼神を使ったり、伊豆に捕えられているのに夜には富士山にいたり。。。面白すぎ!破天荒すぎ!遊び心さえ感じます!
釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊の合体した蔵王権現を感得するっていうのも、ほんとうに常識破りな感じがします。
それだけたくさんの伝承を産む役小角は、グレート・メディスンマン。スーパースターって言ってもいいかもしれない。役小角を想うと、楽しくなる!!わくわくする!!


秩父に生まれた私ですが、
ようやく年月を経て、生まれた土地の信仰を知っていく。
そういうことが、ほんとうに不思議で、縁起の深さを感じるのです。
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by kkiyono-lp | 2012-09-25 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑦ 自然とつながる智慧 ~札所五番 小川山語歌堂~

さて、日暮れも近づく十六時すぎ。
札所四番 高谷山金昌寺

から


札所五番 小川山語歌堂 へ。

札所の納経所は十七時まで。さあ、間に合うのか。

間に合うぜ!

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語歌堂は、細い道に面した山門をもった、かわいらしいお堂でした。

正式には、小川山長興寺語歌堂となるでしょうか。


こちらのご本尊は、 准胝観世音さま という観音様。 はじめて聞くお名前でした。

准胝観観世音菩薩とは、六道では人間道にお姿をあらわし、

日本では「准胝仏母」、「准胝観音菩薩」、「准胝観世音菩薩」、「天人丈夫観音」などさまざまな呼称がある。異称のひとつ七倶胝仏母(サプタコーティブッダ・マートリ)とは「七千万の仏の母」「過去無量諸仏の母」という意味で、この仏母(これは女性名詞である)が、人を悟りに導いて数限りない仏を誕生させる仏教の真理の擬人化であることを示す。―Wikipediaより

おん しゃーれい しゅーれい じゅんてい そわか

仏教の心理の擬人化。「七千万の仏の母」。
仏を誕生させる、仏教の教え・心理を「母」とした。のですね。

人は、様々な時に、様々な障害やいままでの枠を超えて、
成長していきます。
そして、いままで、行くことができなかったところにいくことができるようになったり、
見えなかったものがみえるようになったり、
あるものが、いままでまったくちがうようにみえるようになったり、します。
そのとき、外見的には同じ人間にみえるけど、実は「新しく生まれている」「新しく生まれ変わっている」といえるかもしれません。

「生まれ変わり」「生まれ直し」を想うと、おのずとそのきっかけとなる「死」をおもいます。
死ぬことがあって、はじめて生まれ変わる、「黄泉がえり」がある。
だから、新しい意識が生まれるということは、いままでの意識が死ぬことでもあるかもしれない。

経験を想い直してみても、いままで乗ってきたレールの上の意識で成長していくこともあれば、
まさに、一度死ぬようなこともあった気がする。
でも、死んだ意識の亡骸は、つぎの意識の肥やしになって、しっかりと受け継がれている。

「死」と「生」を断絶とみるか、一つのゆるやかな円とみるか、観方の違いがある。
宇宙に、断絶は きっと、無い。


梅原猛先生の『日本冒険』では、白装束について書いていて、
白装束はまさに、死者の衣装。
その白装束を着て、巡礼をするということは、
まさに、一度死ぬ、ということ、と。

「日本には雪が降る。山々に雪が降りつもる。私は白は雪の連想ではないかと思う。日本人は生死を四季の循環と同じように考えた。
冬になると木々は葉を落とし、小動物は死し、熊等は雪の中で冬眠する。雪は生きとし生けるものの死を意味するのであろう。このような雪の色が死の色となり、
白装束は死出の旅路の衣装となったのではなかろうか。」
「四国八十八個所巡りや、西国三十三個所巡りなど総ての霊場巡りは、死・再生の儀式なのである。生はそのまま放置すると、この世のいろいろなものに穢され、その力を弱める。こういう穢れた生を洗い清め、弱くなった生の力を強めるために、人は、時々死なねばならないのである。」梅原猛『日本冒険 一 異界への旅へ』より

語歌堂の縁起。
当山の大旦那本間孫八富貴なれども歌道に暗きを憂い此御堂にこもりて祈る。時に不思議や一人の旅僧現はれ共に通夜しながら和歌の道を懇に教ふ。これ全く観音の権化なりとて夫より此の御堂を語歌堂と称ふ。『秩父霊場三十四ヵ所納経帳』秩父札所連合会 発行

この旅の僧は、聖徳太子であったともいわれています。

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縁起を読んだときに、「昔の人にとって、歌を詠むとはどいうことだったのだろう」と。
それは、ただの趣味をこえて、自然や大いなるものと繋がる道だったでしょう。
口に出した言葉が、世界にとけて、実現する
口は私たちの内側にあるものが外側の世界で実現するためのゲート。

自然といかに繋がるか。
自然の法にいかに沿うか。
その智慧は、この島国に沢山眠っている。
それを、一つ一つほどいていきたい。呼び醒ましたい。
この体と心と魂を通して。

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初日の巡礼は、ここまで。
こうやって一つ一つ振り返ってみると、
それぞれのお寺に本当に個性がありました。
それは彩。美しさ。
この島国の深くへつながるたくさんの道。
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by kkiyono-lp | 2012-09-24 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑥ 祈りとともにある石像たち ~札所四番 高谷山金昌寺~

岩本山常泉寺


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から

高谷山金昌寺 へ。


そして、、、、
この旅で最初の大衝撃にみまわれる!

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草鞋、でかすぎっしょ!!
ガイドブックでみたりとかして、おおきな草鞋があるのは知っていたけど!
ここまでとはーーー!
これは完全に一目の価値あり!

後で調べたら、大きな草鞋は、仁王様への奉納、とのこと。
たしかに仁王様は、健脚そうです。


境内に入った瞬間に、その石像の数に驚きました。
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たくさんの石像がむかえてくださるお寺です。
物言わぬ。しかし語りかけるような石像。

貴いものの姿を彫ろうとする想いは、人間にいつから備わったのでしょうか。
以前、中沢新一さんの、たしか『カイエソバージュ』の中で、ラスコーの壁画の誕生について読んで、
深く驚いたことを思い出します。いや『芸術人類学』だったかな。

私には、まだ完全な実感があるわけではないのですが、
ホモサピエンスの原初から、造形芸術と信仰はまさに一体化していたんだと思います。
分け隔てなく、行為がそこにあった。
建築にしても、彫像にしても、その他諸々の意匠にしても、
その中心から末端まで、圧倒的に信仰で満ちている。

祈りと共にあるもの。
それは、受け手の精神性をともなって、はじめて成るもの。

そして四番には、ほんとうに美しい、子育て観音さまがございます。

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深く心打たれる姿でした。

慈。
その言葉の真を知るには、まだ遠い道のりではありますが、
大変美しい姿に感激し、あらゆる母子に弥栄あれ、優しさの大海あれ、と祈る思いです。
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by kkiyono-lp | 2012-09-23 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

秩父札所巡礼⑤ 原っぱと行基さまを想う ~札所三番 岩本山常泉寺~

だん、だん、だん、と。
札所二番 大棚山 真福寺 から、山道を降りる。
途中には、歩きでしか通れない砂利道とか!
あー、うれしいなー。と。足がね。足が、嬉しいんだよね。
アスファルトも、それぞれ表情が違うし、持っている熱も違う。
地下足袋で歩いていると、その表面の違いに気づく。
それが、岩手県から静岡まで歩かせていただいたことの恩恵。

足の裏 感じていれば 知らぬ間に
疲れも どこかへ 行ってしまうさ
清和

ただ、やっぱり、足の裏から感じる感覚では、
自然の石とか、草むらとか、砂利とか、土がいいな、っていうのが素直な実感です。
脚が、喜ぶのだ。



だん、だん、だん!

札所二番は、納経所がないので、麓の光明寺さんに御朱印をいただきに参ります。

下り坂を歩いていると!おおっ!天然記念物の大きな金木犀!!

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歩いている恩恵やなー。有り難いー。。。

光明寺さんのご本尊は、お釈迦様、釈尊。

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なうまく さんまんだ ぼだなん ばく


僕は、お寺にある幼稚園の子だったので、
お釈迦様は、ほんとうに馴染み深いです。
子供のころは、お釈迦様のことを、「あんあん」と呼んで、敬っていました。
生活の中に、普通に「お釈迦様」という言葉がありました。
ほんとうに、三つ子の魂、百までっていうんですかね。
深く深く影響を受けています。
最近、また深く出会いなおしている感じです。


札所三番 岩本山常泉寺 へ。
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それは、原っぱのむこうにあるお寺。
原っぱ。都会ではみることのない、原っぱ。
原さんとか、原がつく地名がいっぱいあるのだから、昔は、たっくさん原っぱがあったんだろうな。
そういうところには、動物もすんだり、子供も遊んだりしたろうな。
原っぱのような場所、欲しいよなー。手が入ってないけど、親密な、自由の匂いがする空間。ひろがりー。


境内には、「大黒天」と彫られた石碑。

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大黒天さまは、ほんとうに、ハートランド(大陸)で生まれたものがリムランド(ヤポネシア・日本列島)でどのように変容(個人的には「圧縮」と感じる)するかを示していますね!

大黒天(だいこくてん)とは、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラ(サンスクリット語:Mahaa-kaala、音写:摩訶迦羅など)のことである。

密教の大黒天 - マハーカーラが元になり出来た密教の神である。
仏教の大黒天 - 密教の大黒天が元になり出来た仏教の天部に属する神である。神道の大黒天 - 密教の大黒天が元になり、大国主命と神仏習合して出来た神道の神で、七福神の一柱としても知られる。―Wikipediaより

日本は長く神仏習合。神仏習合をそのまま受け入れる感覚、分離でなく、ひとくくりにする心。大事にしたいと感じます。

常泉寺さまのご本尊も、聖観世音菩薩さま おん あらろきゃ そわか

本尊を作られたのは、またしても行基さまです。

そういえば、昔、大阪の天神橋筋六丁目あたりに住んでいた時の
最寄りの神社も、行基さまが作られた神社だったような!!
ほんとうに、たくさんのことを成した方なのですね。

常泉寺では、方丈様に、雨がふりそうだからと、傘をかしていただきました。
その御心が有り難いことです。そのあと雨が降りました。

曇り空の下ー、優しい雨の下ー、巡礼はつづくー。
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by kkiyono-lp | 2012-09-22 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼

二〇一二年 秋分


二〇一二年・秋分

今年も秋分がやってきました。めぐってきました。

地球が太陽の周りを、周り周って、冬至から太陽黄経二七〇°地点を通過。

このCircleの中に、僕たちの身体は在る。それは愛すべき、生まれて育っていくCircle.


二〇一二年・秋分の日を、生まれた秩父で過ごしています。

笹久保伸さんの「翼の種子 Semilla de Alas」を聴きながら、

夜と昼を間違えて鳴らす鈴虫の音を聴きながら、

膝に子猫が眠りながら。


先日、僕の家に子猫がやってきました。

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名前は多賀ちゃん。足はしろたびちゃんです。


よく飛び跳ね、よく走り、よく食べて、よく寝ています。


子猫のいのちのあたたかさが、肌に伝わってくる秋分の日。

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このブログの二〇〇八年くらいの記事を読むと、そのころに感じていた「静かな音」がありありと伝わってくるようです。その時の自分の声をきいて、はっとしたり、鳥肌がたったり。

それでも
日々は進みます。
太陽の運行と星々の運行のグルーヴで。
意識の宇宙と身体の大地。
しっかりと言えることは、

これからも、ずっと、わくわく、夢をみていきたい。
心がわくわくすることを、しっかり感じて、みつめていきます。


一緒に夢を叶えよう。
ありがとう。
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by kkiyono-lp | 2012-09-22 13:03 | 日読み・月読み