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穀雨


穀雨の朝に

目が覚めて

ことばがやってきた

「あめふって 地 かたまる」

大災害のあとにも

きっとちゃんと若葉が茂る

雨が降っているときは

いやでも

それでも

もういちど光は射す


そして

あとから

振り返れば

わかる

「あの雨がこの実りをつくったんだ。

雨の中で土に根がおりたんだ。」と


そんな大切な雨が

何日か降り続いた

つちとこころをぬらしていった


僕が仲間と住む山手のおうちの隣の川

水位がどんどんあがっていった

この川では夏に蛍が飛ぶんだって

教えてくれた


様々な場所で 幸あれと思う

例えば

高円寺の夕涼みにぴったしな風鈴をかける窓辺とか

今日出逢った木目調のグランドピアノとか(きっとそのうちにピアニストが弾くだろう)

僕にはあたらしい神戸のまちとか

最近育て始めたラディッシュの新芽とか



かたちは

ミニマムで

意識は

マキシマムで

上から下で

広さも狭さも

硬さもゆるさも

いろいろになれる自分になろうと

いまは

雨でも思うのだ


いそがしながらも

だいじなひとには

結構逢えてる


それぞれそだつ

もうすぐ夏


天波 博文 さんの素敵な詩です

―あるとき 僕は 雨だった

 

 山にふって 流れて 下っていった
 
 

 むこうからやってきた 仲間の水と

 

 川となって流れていった

 

 僕らの出逢いに 決して 争いはなかった
 
 

 あとさきを争ったこともない

 

 そんな出逢いの くりかえし


今日は

たこ焼やのおばちゃんと仲良くなった

たこ焼は1人前と半分食べて

ビールを一本飲んだ

午後5時

宝塚競馬場ちかく

ここにも夏になったら 風鈴をつければいい
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by kkiyono-lp | 2008-04-29 23:54 | FOG

清明


いっさいがっさいをくるんで

大きな包みは空に昇ったようだ

今は



生きている場所が変わって

周りの景色も変わって

流れている音や

自分の聴覚、嗅覚、触覚がかわって

それでもちゃんと それは春

めぐる季節 回転運動

「結局、あんまり変わっていない、春が来ただけ」


船着場に船が着き

出航したら、出航したのだ

電車は終点に着いた

先に進むには、乗り換えなきゃいけない

よいっしょ、と立ち上がり

ドアを出て。


心の波は、

暴風雨でも、

知ってるんだ

ちゃんと収まるんだって。


痛みも

喜びも

悔しさも

意味わからなさも、

結局最後は抱きしめるしかない。

抱きしめてあげる。

言葉にならないことは、ほんとうに沢山ある。

言葉にしすぎたら、

きっと薄っぺらくなる。

だから

おびえるような声ではもう話さない。

おなかの声で話すんだ。


戯れを超え、

新しい今を。


どこかにつながる毎日を。

今ではない、いつか先の今にむけて。


清いとは

流れていること。

ごろごろ滞っても、

流れ着く先はきっと見つかり、

より大きなものへと還元されていく。


清明

流れる明るさ

すべての植物の枝葉にいのちがひかっている


おおきなグルーヴ

その太陽の光を飲み干そう


いのちはつづく

すべてとともに

全部大事

陰も陽も

涙も笑顔も

痛みも快楽も

超越も泥ような瞬間も

数多の中で

どんなバランスで生きようか

それはきっと、僕らの手の中
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by kkiyono-lp | 2008-04-08 01:23 | FOG