<   2006年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧

日々の中で、人の中で

日曜日、は静岡に行って、踊ることでいろんな人に会うことができた。

月曜日は、よさこい創作集団R-TASTeのメンバーとして、貧困とホワイトバンドについてのプレゼンをして、「ほっとけない 世界のまずしさ」キャンペーンの方も来てくれた。また、新しいつながりができた。

火曜日は、WIFのCommitteeミーティング。一緒に祭を創る仲間と会うのは楽しい。
その後は、早稲田の一休で飲んだ。
早稲田祭の人とかがいて、にぎわっていて楽しかった。
熱い話もできた。

飲んで家に帰ってから、らーめんを食べに行ったら、いつも自分に助言を与えてくれる方がきていたので、らーめん屋のカウンターでまた語る。2時まで話して、帰った。

今日、水曜日は高尾の森にツリーハウスを創っている団体の方に会う。
楽しみだ。

日々、人に会っている。
たぶん人に会える時期なんだ。
一人のときだってあるから。
いろんなポイントに触れられる今なんだ。


自分が使っている糸井重里さんがプロデュースしている手帳の
2月18日のところにこんなことがかいてありました。

「あなたの道に、たとえ、どんなにいやな人がいようとも、
 あなたをこれまで生かしてきた人、
 今も静かに生かしてくれている人のほうが、
 実は、はるかに多い。」
<『大人の小論文教室。』より>

いい言葉です。糧。
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by kkiyono-lp | 2006-04-26 08:25

空・共有点

日曜は静岡県の富士市に踊りに行ってました。

よさこいにっぽん関東支部というチームで参加しました。


空を久しぶりに見た気がします。

ステージに上がって、踊り始めるまで、ずっと先の空を見てました。

踊っている途中でも、空を見ることができた。


いつだって空はある。

例えば、僕が行ったケニアにも空はあったし、

昔も空はあった。

なにがあっても、あった。

空の下には、今まで会った人や、これから会う人がいる。

出来事がある。

あるんだ。

僕らは、隔てられても、ここにいるんだ。 共有してるんだ。

空の下にいた。

ふっ、、となる。

すっ、、となる。

いるんだ。 ここに。 まだ。 あいかわらず。

つながってる。 空。


空のこと、考えられて良かった。

これから先も、日々やっていけますように。
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by kkiyono-lp | 2006-04-25 02:15

大きな音・小さな音

大きな音ばかり聞きすぎると、小さな音に鈍感になった。

ちょっとの距離を、しっかり動かすことや、

確かに、確実に触れることを忘れてしまう。

小さく流れている音に、ちゃんと触れるようにしたい。

派手な音は、僕を鼓舞するけど、それだけではなく。

それだけではなくて。

なくて。

忘れてた、確実な響。低音、微音、だけど在る音を意識して。
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by kkiyono-lp | 2006-04-23 06:02

もしそれに名前があるならば

「もしそれに名前があるならば、とりあえず今はそれを書き続けることにしよう」

今朝、頭の中に、こんな言葉があった。

よく意味はわからない。

ただ、

きっと、大事なものを大事に扱っていくこと

すぐに捨てたりしないこと

杜の中で迷ってしまっていても、

自分のとってきた道にある木々に

ビニールテープでマーキングして

後々 上空から眺めたら

生きた道が描かれているような


振動

大事なもの

交換活動

連続、連続的傾斜

人間の「物理」
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by kkiyono-lp | 2006-04-19 07:15

0→1

ゼロからイチをつくること。

考えてみると、ゼロからイチを創るのが好きだ。
「それ」がないところから、「それ」を創る。
特に、誰かと一緒に創るのが好き。

でも、それは実は当たり前の毎日のなかにあるんだ。
なんだってそうじゃん。
料理したりすることだってそうだし、
文章をかくこともそう。

街に立ってみればそこにあるものは、
ほとんどすべて、昔、誰かの頭の中にしかなかったものだ。

ただ、見たことなくて、楽しくって、きっとそこにはエネルギーが渦巻いている、そして、周りを巻き込んでいく、繋がっていくやつを創りたい。
一緒にやっていく仲間が、いつの間にか増えて、つながって、笑っていったら、
それはもうドラマチック。

難しいけど、大変なんだけど、結局すきなんだ。
手探りで笑ってるんかな。性分。

でもイチをヒャクにする人も必要なんだよなー。
こっちもできるようになりたい。
たぶんそれは、塗り続け、書き続け、重ね続け、削り続け、声を出し続けること、晒し続けること、イメージを形にし続けていくことに関っていると思う。

自分の言葉を紡ぎながら、自分の体を動かしながら。

最近、少し素直なので、物事がまた、するするとうまく流れるようになってきました。

こういうときは、人に会える。
ただ、ずっと人と会ってるわけにもいかない。
両方の時期があって、多分その反復なんだ。

完璧主義だったから「ムラ」が許せない人間だったけど、
自然発生する「ムラ」、つまり規範からの逸脱も、きっと、素直なら、必用な反復なんだ。

写真は、ケニアの国立公園で撮った空。
空は、いつもあります。
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by kkiyono-lp | 2006-04-15 11:52

新学期だ

大学に入ってから4年目の新学期開始の日です。

朝早くおきました。

もう4回目なのに、ちょっとわくわくしてきた自分が意外だった。

新しい一年。

何が起きるかな。

来年のこの日は何を考えているだろう?

少しでも、確実に進むことを覚えたい。

そしてなぞり続けながら、

刻み続けながら、

新しい出会いも孕みながら、

自分の道をつくっていきたい。
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by kkiyono-lp | 2006-04-12 07:14

Imaginationと具現化

ジブリ博物館にいってきました。

昔からの知人は知っていると思うけど、
自分は結構ジブリ好きです。

飲酒すると、ジブリネタの応酬になることもあります。

そこで考えたことを並べると、
「アニメーションを作るのって大変なんだ」
「僕が楽しんだり、僕の想像力を喚起してくれるものは、こんな努力や、
 誰かの思いつきや、人間の視覚システムを考えることからできてるんだ」
「ずっと昔の構想が、今、形になってここに届いてるんだ。作品になってるんだ」
「映画を作るのってイメージだけじゃなくて、もっと現実的なアウトプットが必須なんだ」
など。

まったく、アニメのことなんて知らなかったから考えることばっか、考えた。


以前、「問題の中と外」について、書いたことがあったけど、
問題の中に入るために必要なことにImaginativeでいることと、具体的に形にする行程が必要な気がしてきた。
単に妄想では、そこで終わり。(もし届けたいなら、渡したいなら、わかってほしいなら、)
ただ、想像なしでは始まらない。 そして、断片的でもいいから、想像して形に落としていく、
それを貼り付けたり、切り取ったり、その切り取ったものも捨てないでとっておいたり、
貼り付けたもの上から、また新しいものを塗ったり、塗り続けたり。
そんな行程、葛藤が必要なんだ。

ここに書いちゃうと、当たり前な気がするけど、
そんなふうにありたいな。
それが、問題の中にいるってことだと、暫定的に思う。

そんなふうにやっていきたい。 いく。

ジブリ美術館でもらったのは、勇気です。
こんなことかいて、不悉かかもしれないけど。

写真は、ジブリ美術館で見た短編アニメのパンフ。
おもしろかったー!←これめちゃめちゃ大事じゃん?!

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by kkiyono-lp | 2006-04-11 14:26

中島みゆきの歌で「糸」という歌があって、
今朝、お風呂に入っていたら、スピーカーから流れてきた。

出会えた人と、出会えた場所と、出会えた時間と自分とをしっかり結ぶことが大事なんだ。

忘れちゃいけない。
それが大事だ
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by kkiyono-lp | 2006-04-06 12:53

ケニア2―Sammy

Sammyのことが浮かんだから、2005年5月26日に僕がケニアで書いた日記を引用します。


今日、これを書きだしたのは、今夜、Sammyが僕のドミトリーに来て、なにかを僕がもらったからだ。実感として、僕はこのケニアのドミトリーで、Sammyになにかをもらった。彼をドミトリーの玄関まで見送って、ドミトリーに帰ったあと、浴室の鏡をみてぼうっとしながら、このもらったものをかきたいと強く思った。風呂に入りながらもずっと考えていた。そして、今、缶ビールを開けて、それを飲みながら書く。

Sammyと僕が出会ったのは、先週の日曜日の午前中だった。僕は、ドミトリーの玄関に部屋の椅子と蚊取り線香を持ってきて、日光浴をしながら本を読んでいた。読んでいたのは村上春樹の『Elephant Vanish』だった。僕が読みつかれて、ふと顔を上げたとき、遠くで目が合ったのが、Sammyだった。僕たちは挨拶をした。そしてSammyは、僕のところに歩いてきた。

彼は、ぱらぱら本をめくりながら僕に尋ねた。

「象に関する本を読んでるのか?」

「うん、小説だけどね。」

Sammyはビーチサンダルで、タンクトップだった。端正な顔立ちをしていて、僕の目には、若々しく映った。あとで尋ねたところ30歳で結婚もしていた。そのときの彼はどことなく時間をもてあましているように見えた。

僕は日本人の学生で、3ヶ月間ここにいることを話した。彼は、木材を使った建設業者で働いていて、今は研修でこの林業のリサーチセンターにきていて、来週の金曜日まで滞在しているといった。僕は、話し相手がほしかったから、ケニアの気候や、スポーツや、いろいろなことについて尋ねた。彼も、僕に日本についていろいろ尋ねた。そのうち、Sammyの同僚もやってきて、みんなでそんな話をしたあと、食堂に一緒に昼食を食べに行った。

そんな風に知り合って、何日か食事をともにしたりしているうちに、僕はSammyとその同僚たちと、結構親しくなった。彼らは僕にスワヒリ語を教えたりした。僕らは、よく一緒に笑った。もちろん、彼らがスワヒリ語で話し出すと、とてもついていけないが、英語だったらついていけた。彼らはよく僕を茶化したが僕は彼らと一緒にいて、楽しい気持ちになれた。

そして、今夜、Sammyは僕の部屋に来た。これからも、連絡が取れるように、僕の名刺を渡すためだった。彼は、机のうえにあった、ビールの空き缶を指差していった。

「ビール飲むのか。あんまり多くはなさそうだけど。」

「うん、ちょっとだけどね。Sammyは飲まないの?」

「ああ、宗教の関係でね。」

「みんな、お酒のまないの?」 

「飲む人もいるし飲まない人もいる。」

「そっか。僕は飲むよ。」

名刺を渡したあと、僕は、日本をたつときにもらった写真のアルバムを彼に見せた。僕はひとつひとつ写真を説明した。

 「これが、踊りのお祭りの写真で、お祭りのときは、道路の上で踊るんだよ。」

 「へー、そりゃあ、すごいな。俺も見てみたいよ。一度は日本にいきたいと思っているんだ。」

 「もし、日本に来るときがあったら、いろいろ見せてまわるよ。」

 彼は、机の前の木の椅子に腰掛けながら、オレンジ色の電気スタンドの中、アルバムをひざの上に乗せて、かがみこむようにアルバムをみていた。

 そして彼は、少し笑ったような、ものさびしい顔をしていった。

 「でも、お金がないんだ。お金がね。ケニアは貧乏なんだよ。」

 「子供はいるの?」

 「一人いる。」

 「男の子?」

「女の子だよ。3歳なんだ。」

そしてかれは続ける。

「実は今月の21日が、娘の誕生日だったんだ。だけど、ここの研修があって、帰れなかった。でも、今度の日曜日にお祝いをするよ。」

「なにか娘さんにプレゼントはあげるの?」

「靴を買おうと思ってるんだ。」

かれは、自分の足を指差して、笑いながらいう。そして、

「あとジャケットかな。」

上着を羽織るジェスチャーをしながら、彼はいった。

「きっと娘さん喜ぶね。」

「ああ。」

彼の笑顔はいい笑顔だった。


しばらくして、彼は自分のドミトリーへ帰った。

帰り際に彼はいった。

「家からEメールは送れないから、Eメールを送るにはお金を払わなくちゃならないな。」

「ケニアでは、Eメールと郵便、どっちが安いの?」

「わからない。」

「じゃあ僕が日本から先に手紙をだすよ。」

「わかった。待ってるよ。」

鈴虫が鳴いている。ここの夜は日本の秋のように涼しい。

彼は少し手を振って、闇の中に消えていった。

これがSammyと僕の話だ。

彼はいつも陽気でフレンドリーな男だ。僕の部屋に来たときもいつもどおりの陽気さとフレンドリーさを保っていた。でも、そんな彼が一瞬見せた影が、僕には影のように見えたものが、僕の中の何かを動かしたのだろう。ただ、それは暗いだけの影じゃない。人間らしい、いろんな面を持ったものだ。そして、一人部屋に帰り、浴室の鏡を見ながら、僕は彼から、何かをもらったことを実感したのだ。それをこうして書いてみたかった。

明日はSammyと仲間たちがここにいる最後の夜になる。僕は夕食の時間に、踊りを見せる約束をした。僕は踊りが好きだ。そして今、彼らに向けて踊りたい、僕の心を見てほしいと強く思う。


日記の次の日に、僕はみんなの前で踊った。
うまく踊れたかはわからない。
音が小さすぎた。 ラックトップのスピーカじゃあね。

Sammyには、まだ手紙を書いていない。
でも、もうそろそろ書けそうな気がする。

写真はSammyとその同僚たち。 左から2番目がSammy。
場所はKEFRIの食堂。 昼食はいつもここで食べていた。
みんな気のいい奴だった。
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by kkiyono-lp | 2006-04-06 04:46

ようやくケニア!

帰国して半年!!

ようやくケニアのことを書く気になりました。
なんで、かけなかったんだろう? なんで?
わからないが、さっき、母校早稲田大学の校歌のことを考えてたら、
「書きたい」と思い始めた。
それで、今書かなきゃ、また機会を逃しちまう、と思った!!

一番の理由は、ケニアであった人たちのことを思い出したことだと思う。
思い出したといっても、忘れてたわけじゃない。
いまも、あの場所でみんな生きてるんだ、って感じた。
だから、自分がどうとかじゃなくて、書きたくなった。

まず、ケニアにいくことに決めた理由。
日本にいる自分を描けなかった、というのが一番強い。
大学2年まで、大学でいろんな活動をして、感動したり、途中でドロップアウトして、
周りに迷惑をかけたりした。 でも、なんとかやってた。(?)
ただ、早稲田祭という大きな舞台に2年続けて出させてもらったとき、
踊り終わってから、急に怖くなった。
「このままじゃ、なにもないまま大学おわる。」
危機感だった。
どこかにいかなきゃ、一人で。 まずは、それしか考えてなかった。
ただ、一人じゃなきゃいけない、とは強く思ってた。

そのころ、てんつくマンという人の『107+1~天国はつくるもの~』という映画を見た。
上空からのアフガニスタンの映像には、木がなかった。
人が、幸せに生きるには木が必要なんじゃないか、と強く思った。

同じころ、ワンガリ=マータイ博士がアフリカの女性で初のノーベル平和賞をとった。
この人に会ってみたい、この人のNGOに行きたい!っと思った。

そして、WAVOCの山口所長、元JICAのエキスパートの仲村さん、
そしてケニアの林業研究所(KEFRI)のMr.Micheal Mukolweなど、
さまざまな人の縁が重なり、ケニアにいけることとなった。

日本を出発する日が5月7日で、それは僕の誕生日の次の日だった。
5月6日、二十二歳の誕生日、どっきりパーティーをしてもらった。
驚くべきパーティーだった。
僕が、大学で今まで関ったたくさんの人が集まってた。
僕は何も知らなかった。 みんなで仕組んでた!
うれしすぎた。 

出発の成田。
彼女も、仲間も、家族も見送りにきてくれた。
Depature Gate に向かうとき、
「あ、ここから一人なんだ」
後ろ髪引かれた。
足が重かった。


あの時は、ケニアのイメージなんてなかったから、
本当にどうなることやらだった。
初めての一人の飛行機、緊張が半端じゃなかった。
ケニアに行く前に、いろんな人に心配をかけ(特に家族)、いろんな人から想いをもらい、
いろんな人に励まされた。
いま、考えても、無事帰ってこれて、いま日本にいてこれを書けていることがうれしい。
ちゃんと帰ってきました!
特に、彼女と家族には心からありがとうが言いたい。 ありがとう。

写真は行きのトランジットのバンコク空港で飲んだビール。
こうやって緊張を和らげた。
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次の写真は、ケニアについて、Mr.MukolweとCharlesがナイロビ空港に迎えに来てくれて、すぐ車窓から撮った写真。 
空港からナイロビ市内に向かう道沿いにいきなり野生のキリン!
すごいとこにきちまった!
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by kkiyono-lp | 2006-04-06 04:28