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直感と流れ

最近、いろんなことがいい方向に流れ出しました。
そういうときって、いろんなとこから、いろんな人から、
インスピレーションやエネルギーや想いをもらえます。
そして、多分そういうときの自分も、誰かに何かをあげられるようになってる。
急に人からのアポイントが多くなる、とか。
なんか、考えていたことに助言を与えてくれる人が現れるとか。
昔からの知り合いと、じっくり話してみたら自分にないものをその人が持ってて、
それが自分のステップアップのために必要だったり。

そんな時って、いろんなものがすいすい流れる。
逆に流れないときもあるんだけど。
そして、結構直感的に動いている気がします。

写真は、ケニアのマサイマラのシマウマ。
野生の動物は、とても光っていました。 あの光は、生命の光なんだろうな。
直感にしたがっていきる野生。
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by kkiyono-lp | 2006-03-03 11:21

サンフランシスコノート① ベイエリアの原型

2006年2月に短期間サンフランシスコとニューヨークにいってきました。
何回かに分けて、いろいろ心に浮かんだことを書きます。


成田からサンフランシスコ国際空港へ。
都内から成田に向かう電車の車窓からの風景は、結構田んぼやら林やらが多くていいものです。
ただ、日暮里駅って使い勝手が悪いな、といつも思う。 エレベーターとかエスカレーターが少ないですよね。
京成線に乗り換えの要所だから、重い荷物を持った人にもう少し優しくてもいいとおもう。
あそこは渡航時の第一難関といえるでしょう。
(もし本当はエレベーターもエスカレーターもあって、僕が気づいてないだけならすいません。その可能性も大。)

今回はUnitedの飛行機にのっていきましたが、実はちょっと楽しみだった日付変更線越えがありました。 
14日の19:15に成田発で14日の11:13にサンフランシスコ到着。
あれえ、不思議だなぁ。
頭ではなんとなくわかるんだけど、感覚的にはいまいち。
多分、日にちの感覚とかって、とても理性的で頭の中にあるものなんじゃないかな、と思います。
それは時間の「流れ」というものも同じか。
「実は時間は流れているのではない」というような旨の時間論をチョろっと読んだことがありますが、いつかもう少ししっかり読んでみたいです。

サンフランシスコは快晴。
Door to Doorとよばれるシャトルで予約していたサンフランシスコ中心に近いAdelaide Hostel という宿泊施設にチェックイン。 6ベッドの部屋でした。
ドミトリー形式の施設に宿泊するのが初めてだったので、大変なこともありましたが、料金が他にホテルなどに比べて安いというのは魅力的でした。
ただ、このあとに続くニューヨークでもドミトリーでしたが、やはりプライベートを確保しきれないことが、デメリットだなと思います。 
好きな時間に部屋の明かりを消せないとか(他の人が寝るからそれにあわせなきゃならない)、好きな時間に部屋の電気をつけられないとか(もちろん自分が寝ているのにつけられると嫌なもんです)。
まぁ、たまにはいいか。
Adelaide Hostelのいいところは、Union Squareと呼ばれる公園施設やその周りのにぎやかなところに近いことと、共有スペースの椅子、ソファがなかなかよいということです。
ちなみに僕の中では椅子とかソファとかが、施設やスペースを評価する際に大きな要素となる傾向を持っています。

サンフランシスコではUnion SquareからChina townを通り、Littele Italyを過ぎ、FISHMAN’S WHARFへと歩きました。
Little Italyという言葉に惹かれて(LEON効果、とはいってもLEONはニューヨークですが)、その一帯にあるレストランで一度夕食を採りました。
ただ注文の仕方がいまいちわからなくて、というか英語がぜんぜん通じなくて、頼みすぎました。
最初は「このスープおいしい!」とか心躍らせるのですが、その量の多さにみるみる「食べきれたら~あげます」系の完食チャレンジ化していきました。
ギブアップ。 食べ切れん。
でもあの量で10$くらいだったから、良心的なんじゃないかな。
店員が本当に陽気だった。来たなじみの客には店員のほぼすべてがハグしてた。
いいね。

サンフランシスコ到着してから2日目にFISHMAN’S WHARFというベイエリアに行きました。
そこで考えたのは「こういう土地の使い方が日本のベイエリア開発の原型、もっと言えば元ネタになってるんだろうな」ということです。
例えば横浜とかお台場とかです。
海に面して広い土地が遊歩道となっている。 
ショッピングモールやらちょっとしたアトラクションがあるどちらかといえば新興の娯楽施設がある。 しかもその施設の存立の仕方は、かなり間隔を開いたものになっている。
そして、その風景を飾るように大きな橋がかかっている。
誰かが、日本のベイエリアをどうするか考えてたときに、こういう風景を見てよっしゃやるかときめて形にしたんだな、なんてまだ人手の少ない朝にベイサイドを歩きながら考えていました。
人工的なもの=人がこうしようときめる→実体を持った形象
ただここにイレギュラーなものがはいって初めて現実に現れるわけです。

なんか変な声がすると思って、よくみたらアトラクション施設内にあるだろう水族館のアシカが飼われているイケスのようなものの中に、たくさんアシカがいました。
そんなにたくさんアシカがいるとシュールでした。

日本から遠い場所でその原型、朝方、アシカ、海鳥。
朝食は海老の入ったスクランブルエッグを食べました。
朝食をしっかり採るのが、いい一日を過ごす秘訣かもしれない、ともう何度目かわからないけど再び、再び考えました。
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by kkiyono-lp | 2006-03-02 07:44

論理学の彼岸としての彼、よさこい、No.10

2月28日という日は、その日にやらなければならないことの80%以上をクリアできたという意味で、彼には特別な日のように映った。
さて、彼はこの日のことを将来覚えているだろうか。
答えは、推し量って否だろう。
日々の物理的な蓄積の中で、きらっと光る日のことも、気づけば何者かが記憶の物置小屋にしまってしまう。
そして、彼は後に、その物置小屋にきらっと光る日々が、「あるにちがいない」と想像し、心躍らせるようになる。


ウィトゲンシュタインさんが何を考えていたか理解するための努力が、彼が最近始めたことの一つだ。
でもウィトゲンシュタインさんの考えていた事柄をわかるためには、フレーベさんの考えた論理学を念頭に置かなければいけないらしい。
論理的思考能力、その類の頭の回転速度が、力のない人が石臼をひくくらい遅い彼にとっては、自らを「論理学の彼岸」と考えるのは容易なことだった。
だが、彼岸からでもまだ帰ってこれる、と彼は信じた。
ザ・フォーククルセイダーズの「かえってきたヨッパライ」だって、天国から帰ってきたぜ。
なんたるパンク精神。
でも、帰ってこれるならそれは彼岸ではないのだ。
そこに川があるとしても、あるのは三途の川ではなくて、荒川とか利根川とかの類だ。


彼は今年はじめてよさこいの練習に行った。 なんか久しぶりに時間も空いて、踊りたいと強く思った。
もうこうなったら、体の水を一気に交換してやるぜ、という意気込みの下、いざ練習へ。
体、痛い。 筋、固い。 
心に身体がついていかない。
そして心も身体というお茶の間で、コタツにあたってみかんなんか食べているところに、お母さんが来て「あんた掃除してんだからちょっとどいて」といわれて、はいはいと動くような勢いだった。
だめだ。 踊れる身体を作らなきゃな。
だが、楽しかった。 踊れることが楽しかった。
練習したのは産霊(むすひ)という踊り。
最高。
おかげで、水も1リットル採れて、少しは水が入れ替わった模様。


体が痛かったけど、まだ終電まで時間があったから、バーにいく。
ハイネケンとNo.10というジンにライムを搾ってロックでのんだ。
No.10はここのバーテンが、以前彼がスコッチを立て続けに飲んだ後、締めとして出してくれた。 程よいさっぱり感があって、のみたいけどウィスキーはちょっとな、って時に彼には良かった。 そして眠くなったので、彼は勘定を払って電車に乗る。
そして眠る。


彼は、いまウィトゲンシュタインさんに関する本と村上龍の『昭和歌謡大全集』を読んでいる。 勉強の本と小説を併行してよむ。 バランスの問題。
幻冬舎文庫の『昭和歌謡大全集』の表紙のモップ、いいです。
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by kkiyono-lp | 2006-03-01 07:15