原町から小高まで歩く

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南相馬の原町から、小高まで歩く。

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久しぶりに2時間くらい歩く。

あらためて歩くことで気づくことの多さを感じる。

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まだ、だれも歩いていない、白銀の積もりの上を歩く。振り返ると足跡ついている。はじめて歩く道に雪が積もっている。そこには、下に地面がちゃんとありますように、という願いと信じる気持ちがある。

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車道では、車がつくった轍の上を、獣たちが先に歩いていた。獣たちが、轍を歩いている姿を想う。そして、そのあとに自分が歩いている姿を想う。
今夜また、きっと轍の上を歩くだろう獣たちを想う。彼らはどこで大雪の夜を過ごしたのだろうか。それがすでに神秘だ。

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雪が溶けてアスファルトに流れていく。何故だか、手塚治虫のブッダにある、すべての生きとし生けるものには役割がある、という言葉が浮かんでくる。
どこにいても、なににむかっていても、いまだ命として生かされているということは、役割があるんだろう。そういう確信を、ふと、アスファルトで光る水達から感じた朝だった。
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by kkiyono-lp | 2013-01-15 20:51
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