神倉山に立ちて

西武秩父駅から19時台の特急レッドアローのる。

そして池袋を21時台のバスで出発すると、

翌朝の8時くらいには、

熊野・新宮につく。

そこから、歩いて30分弱。

お燈祭りで、男たちが松明をもって駆け降りる、急な石段をのぼれば

9時くらいに、神倉山・神倉神社につく。



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ゴトビキ岩が御神体。
天の岩楯として、古事記にも登場する霊地。
お祀りされているのは高倉下。
夢で見た神託により、神武天皇に霊剣布都御魂をもたらした。

霊剣布都御魂は、建御雷神から高倉下に降ろされる。

ー以下、引用ー
建御雷神(たけみかずちのかみ)はこれを用い、葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定した。神武東征の折り、ナガスネヒコ誅伐に失敗し、熊野山中で危機に陥った時、高倉下が神武天皇の下に持参した剣が布都御魂で、その剣の霊力は軍勢を毒気から覚醒させ、活力を得てのちの戦争に勝利し、大和の征服に大いに役立ったとされる。荒ぶる神を退けるちからを持つ。

神武の治世にあっては、物部氏の祖と言われる宇摩志麻治命(うましまじのみこと)が宮中で祭ったが、崇神天皇の代に至り、同じく物部氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)の手によって石上神宮に移され、御神体となる。同社の祭神である布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)は、布都御魂の霊とされる。

布都御魂はやがて拝殿の裏手の禁足地に埋められるが、明治7年(1874年)に当時の大宮司の菅政友によって発掘され、本殿内陣に奉安され、御神体として祭られている。その際、刀鍛冶師の月山貞一(初代)が作刀した布都御魂剣の複製2振が本殿中陣に奉安された。

菅政友によって発掘された物は、形状は内反り(通常の日本刀とは逆に刃の方に湾曲)の片刃の鉄刀。柄頭に環頭が付いている。全長は記録によって微妙に異なるが、85cm位である。

一方、鹿島神宮にも布都御魂剣または韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)と称する巨大な直刀が伝わっている。由来は不明であるが、奈良時代末期から平安時代初期の制作とされる。国宝に指定されており、鹿島神宮の宝物館にて展示されている。

Wikipediaより



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この場所は自分にとって熊野と深い縁が生まれた特別な場所。

来年のお燈祭りには来たい。


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神倉に のぼれば 広がる 補陀落の
常世輝く 朝の天照

神倉に 願うは 清かな 弥栄よ
常世の海は 静かに寄せる

神倉に登りてみれば 補陀落に
我 溶けゆかん 御霧の如く

我弱 清和
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by kkiyono-lp | 2012-12-08 12:26 | Earth Pilgrim
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