秩父札所巡礼⑲ 美意識が世界をつくる ~続・札所十六番 無量山西光寺~

札所十六番 無量山西光寺 は、
真言宗のお寺であることを伺いました。

真言宗は、空海が開いた宗派です。

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だから、四国八十八ヵ所の回廊があるんだな。
四国八十八ヵ所は、空海が開いた。

この空海さんも本当に伝説が多い!
讃岐に麦をもたらした!とか。

その中でも、最近気になっていたのが、
いろはうたをつくったのは空海!という伝説。

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす

色はにほへど 散りぬるを
我が世たれぞ 常ならむ
有為の奥山  今日越えて
浅き夢見じ  酔ひもせず

いろはにほへとが、
歌になっているということを知った時には、ほんとにびっくりしたな。

解釈はたくさんありますが、

目にうつるものはすべからくうつりかわっていく。
誰も無常の中に在るもの。
無常という世界の真を理解し、悟り、目醒める。

というように、僕は感じています。

色はにほへど 散りぬるを
我が世たれぞ 常ならむ

短い言葉に、真があふれている。
美しく散っていく桜をみるような、何千年もの時間が流れていく様を凝縮して、穏やかな気持ちで見つめるような。

「美意識が世界をつくりあげている。」
自然は大いなる然として、ただ在る。
人間は想像力によって自然を変えていく力をもっている。そういう性がある。
人間の美意識がいかなるものか、によって自然に包まれている私たちの世界は変わる。
そういう意味で、いろは歌が言葉の手習いとして使われていたことは、
人々の美意識に大きな影響を与え続けてきたと思うのです。

調べてみると、最初の「あいうえお」は1884年の『日本百科事彙』に載ったそうです。
あいうえおは、とっても機能的な並べ方だと感じます。
母音と子音の組み合わせ。
そこには「整然さ」があるけど「美しさ」はすくないように感じる。
「いのちが纏う美しさ」が。
「物語」や「想い」も薄められていると思う。

1884年、明治17年は、秩父事件。
いつの時代も、世界には堰を切ったような変化がある。
「いろはにほへと」から「あいうえお」への移り変わりは、
近代への移り変わりと連動しているのでしょう。
僕は、近代化は、それぞれの場所やそれぞれの人、共同体が持っていた物語がかつてないほど強制力をもって、「大きな物語」統合されていった過程、と思っています。
その過程によって、自分の根っこが切れてしまったことが、きっとたくさんあると。
そういう歴史の中で、歴史という現実のなかで、こうやって歩いて、根を取り戻しているのかもしれない。

西光寺には、秩父札所巡礼の内で、現存する最古の観音堂が残されています。

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時代の変遷とともに立替らえれ続けられてきたお堂。
その中で残るこの御堂には、「札を打ち付けた」たくさんの跡が。


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巡礼し、札を打ち付ける。
打ち付けられたのは「札」だけじゃない。「願い」や「想い」。
打ち付けられた「願い」や「想い」の跡。


札所十一番から十六番まで巡礼した四日目終了。
この日の巡礼は、あらためて
よく知っている土地を、違う目を持って歩くことで沢山のことに気付く、ということを教えてくれました。
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by kkiyono-lp | 2012-10-09 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼
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