二〇一二年 新暦 神無月 七・八日

京都の綾部、
ゐやびの祭りから、JRで京都へ、そして夜行バスで新宿へ、さらに西武線で秩父へと、どんどん来て、
たどり着いたのは、
秩父夜祭が国の重要有形民俗文化財指定されて50周年記念、
「秩父祭笠鉾特別曳行」

秩父には、素晴らしい大きな祭があります。
12月2・3日秩父夜祭
僕の原点。
秩父の誇り。

日本三大曳山祭の一つになっているこの祭の屋台(山車)は、
国の重要有形文化財に指定されています。
他に指定されている祭の屋台は、滋賀県の大津祭や、飛騨の高山祭などのようです。
去年は、大津祭に偶然行くことができて、綺麗な山車のお祭でした。
飛騨高山祭、いってみたいなぁ・・!

秩父夜祭では六台の山車が出ます。
そのうちの二台が、もともとは笠鉾といって「花」がついたものなのですが、
普段のお祭りでは見ることはできません。
今回、「中近」と「下郷」の二台が笠をつけて、一緒に巡行するのは、
なんと99年ぶり!

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まずは、「中近」の笠鉾に遭遇!
やっぱり、笠をつけると大きい!

普段より高い「中近」の笠鉾の上には、神が依る、依代となる「神籬(ひもろぎ)」。

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神籬って美しいな、って思うのです。
21世紀の日本。まわりの建造物はどんどん姿を変えていっても、神事における神籬は、変わらない。
その神籬を冠した笠鉾が街をすすんでゆく。
そういうものに、心ゆすぶられるし、神聖な美しさを感じるのです。
それは、大地のスピリットに根ざしたもの。その顕在している姿。その証明。

秩父神社内にいたら、「下郷」の笠鉾が入ってくる。
さらに大きい!

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そして「下郷」の笠鉾にも、太陽のような依代が!

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この依代は「天道」とよばれるもののようです。
「天道」は、「てんとう」と読むと思うのですが、これって
「おてんとさま」の元となっている言葉でしょう。

天道について
日本では、一般的にお天道様(おてんとさま)とも言うように、太陽神としても知られる。太陽は神として祀られたのである。信仰心が伴わなくても太陽を「お日様」と呼び、お月様、お星様と同様に自然崇拝の対象であった。
天照大神は天童の神格化であり、仏教の大日如来とも習合した。また対馬の天道信仰においては日の神の子として、天童(てんどう)という言葉もある。
日本人はてんとうむし(天道虫と書く)を太陽に見立てた。
千葉県では天道念仏と称して、春2月・3月に祭壇を作り、踊り念仏で作物の豊作を祈るなど、農耕儀礼に展開した。
修験道も関り、祭壇には出羽三山を祀った。中央に湯殿山を拝していたのは太陽崇拝であり、湯殿山は、胎蔵界大日如来を本地、天照大神を垂迹とした。
地名では、名古屋市天白区天道、福岡県飯塚市天道、鹿児島県出水郡長島町の天道山、山形県天童市などがある。
戦国末期の仏教・神道・儒教の統一思想に広がれた説がある。―Wikipediaより

ちゃんと、考えたことなかったけど、
お日様、お月様、お星様、ってみんな自然崇拝のことばなんだな。
こんなに素朴で近くにある崇拝。
なんだか、神道が神道たる前の、もっと分解・分析にとらわれない全体的な意識から生まれる世界観をみれるスコープのように感じる。

お日様、お月様、お星様。
このことばは大事だ。
わすれちゃいけない。

お日様、お月様、お星様。
お空をめぐる皆々様よ。
まわって、生かして、育てている。

二台の笠鉾が秩父神社に並ぶ。

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そして夜になっていく。


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二日目は、「中近」の解体まで、みさせていただきました。
笠鉾は「ご神木」の役割をしているそうです。
神籬を支えているど真ん中は一本の木。今回は、三峰神社のあたりからいただいた木とうかがいました。
あれくらいずどんとした柱がほしい!

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99年前、それは1913年。
日本の人口は2500万人!!
そして、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜が亡くなった年。
時。
確実に変化していく。

その99年を経て、いま二台の笠鉾が秩父を巡行した。
さて、これからの時は?変化は?
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by kkiyono-lp | 2012-10-10 20:10 | 日読み・月読み
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