秩父札所巡礼⑪ ばらばらだった回路が、繋がっていく~札所九番 明星山 明智寺~

二日目の巡礼は、八番で切りあげたので、

札所九番 明星山明智寺 へ

これで、巡礼三日目。

いままで横瀬をゆっくり歩いたことがなかったから、とっても新鮮。
自分の頭と体の中に、いままでバラバラだった秩父の地図ができてくる。
いままで意識されていなかった回路にエネルギーが流れ出すように。

武甲山の見え方も、僕が生まれ育ったところからとは結構違う。
だけど、おなじ御山の下、水をいただいて、幸をいただいているんだな。

いまでこそ、僕たちは、世界中から届く食べ物を食べて、この身体をつくりあげているけど、
僕の曾祖父、祖父のころまでは、今と比べれば圧倒的に地産地消だったはず。
そして、自家消費の割合も大きかったはず。
ということは、もっと直接的に、「生まれ育った土地の土と水で生きていた」ということだろう。
僕たちは、そこまで地産地消が徹底できていない。
でも、先祖がそのようにして、命を紡いできたからこそ、僕たちの生きている今があるんだから、
僕たちも「生まれだった土地の土と水の御蔭でいま生きている」といえるだろう。

土地―とち―土霊
土と血は繋がっている。


2007年に、京都の左京区に住んでいたとき、
小沢健二さんがつくった『おばさんたちが案内する未来の世界』という映画をみた。
それは、中南米を舞台にした映画だったけど、その映画をみて強烈に感じたのは「僕たちの生まれた土とともにある、血と時間」だった。
5年くらい経っているけど、いまでも、「僕たちは僕たちの中に流れている血の故郷である土とともに在れるか」「僕たちは僕たちの時間とともに在れるか」が
僕の大きなテーマだし、そこをみている。

そうやって、いま故郷を歩き続けていると、なんだか、課題の根幹に取り掛かりつつあるのかもしれない、なんて、感じる。
知的な好奇心に終わらない実践としての「生」
でも、偉そうに言うことじゃない。「生」はみんな、乗っている。
ただ、ざくっとシャベルを、この地面の深くに、入れたい気持ち。
そこに美しいものがある気がしてる。



明星山明智寺へ

f0081311_2202364.jpg


ご本尊は 如意輪観世音菩薩 おん はんどま しんだ まに じんばら そわか

少し前に、如意宝珠について書きましたが、
この如意輪観世音がもっているのも、如意宝珠。

境内には、文塚、というものがありました。

f0081311_2221993.jpg


文塚は、六十六代天皇の一条天皇の皇后が難産で苦しんだ折、恵心僧都(源信)勅令を蒙り、如意輪観世音菩薩を彫って安産祈願したところ、
安産となり、その後武州横瀬で女性の難産を救い、ひいては女性の願いをきいてくださる御利益となった。ということ。

如意輪観世音菩薩は、六道のうち、天上道の衆生を救い導き、利益を与える。

天上道、というと、安直な僕は、天国みたいなところかと思った。
だから、苦しみはないのではと思っていたが、それは違った。

天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれておらず、仏教に出会うこともないため解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは5つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。

三島由紀夫の『豊饒の海』四部作の四作目『天人五衰』。最後の五衰が起こる場面が、ほんとうに、当時の僕にはショッキングだった。
たしか大学二年だったような。『豊饒の海』四部作、『春の雪』、『奔馬』、『暁の寺』、『天人五衰』どれも、心に残っています。
強く頭を殴られて、しばらく、その世界で暮らしていたくらいの衝撃だった。
当時は、たくさんの頁を割かれていた仏教の世界観についての作者・三島由紀夫の想いが汲み取れなかったけど、
いま、読んだら、前よりも強烈に感ずるところがありそうだ。

バラバラだった経験は、なぜだか、通るべきだったような気がする。
それは後になってから気づくもの、か。
[PR]
by kkiyono-lp | 2012-09-28 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼
<< 秩父札所巡礼⑫ 誰かが、そこで... 秩父札所巡礼⑩ 武甲山に、近づ... >>