秩父札所巡礼③ 膨大な物語と時間の一端 ~札所一番 誦経山四萬部寺~

久しぶりにパソコンで文章を書いています。

感じたことを、なるべく忘れないように。

ということで、勢いをつけるために、小沢健二さんの「カローラⅡにのって」をききながら、
そして「痛快ウキウキ通り」をききながら。

小沢健二さんをききながら、巡礼について書く! いいぜ! 相応しい、僕にとっては!


秩父今宮神社さまから、

札所一番 誦経山四萬部寺へ。

道中にもたくさん発見がありました!

例えば、愛宕神社さま。
秩父の生まれでありながら、ちゃんとお参りさせていただいたのは、
これが初めてでした。

愛宕神社さまのご祭神は、
火之迦具土神(ひのかぐつち)です。火の神様。そして、火伏の神様。
秩父には秋葉神社さまもあります。ここも火伏の神様ですね。
火はとっても、有り難いもの。火をもってして、初めて人と成った、ともいえる。
その反面、そのエネルギーで、様々なものを燃してしまうもの。
敬う火。世界中、いつだって、これからも。
恩恵に感謝し、同時に畏れる私たち。自然の中の一片。


四萬部寺さんは、毎年、施餓鬼で訪れます。


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施餓鬼は“せがき”と読むのですが、なんなのかな、と気になって調べてみると、

訓読すれば「餓鬼に施す」と読めることからも分かるように、六道輪廻の世界にある凡夫の中でも、死後に特に餓鬼道に堕ちた衆生のために食べ物を布施し、その霊を供養する儀礼を指す。―Wikipediaより

なるほど。
では、餓鬼とは?

俗に、生前に贅沢をした者が餓鬼道に落ちるとされている。ただし仏教の立場から正確にいえば、生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる。しかし大乗仏教では、後々に死後に生まれ変わるだけではなく、今生においてそのような行状をする人の精神境涯をも指して言われるようになった。
餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされることがないとされる。極端な飢餓状態の人間と同じように、痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上がった姿で描かれることが多い。―Wikipediaより

深い!
私たちは、この世界観の前に立ち止まらずにいられようか!

御本尊は、聖観音菩薩さま 真言は おんあらろきゃそわか です

もともと馴染み深いお寺でしたが、歩いて到着した時には、
「あー、ついたー」っていう、高揚感があります。

お寺の裏にありました、八坂神社さまにも初めてお参り。
スサノオノミコトさま、根の国。そして出雲のスピリット。

一つのお寺のことを書くだけで、そこに織り込まれてるたくさんの物語、信仰の水脈、時代の地層の膨大な量に、驚く。それだけいま僕らが生きているときは、刹那。なんだなと感じる。
その膨大な時の一端に、私がいる。

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by kkiyono-lp | 2012-09-20 18:50 | Earth Pilgrim 秩父札所巡礼
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