ようやくケニア!

帰国して半年!!

ようやくケニアのことを書く気になりました。
なんで、かけなかったんだろう? なんで?
わからないが、さっき、母校早稲田大学の校歌のことを考えてたら、
「書きたい」と思い始めた。
それで、今書かなきゃ、また機会を逃しちまう、と思った!!

一番の理由は、ケニアであった人たちのことを思い出したことだと思う。
思い出したといっても、忘れてたわけじゃない。
いまも、あの場所でみんな生きてるんだ、って感じた。
だから、自分がどうとかじゃなくて、書きたくなった。

まず、ケニアにいくことに決めた理由。
日本にいる自分を描けなかった、というのが一番強い。
大学2年まで、大学でいろんな活動をして、感動したり、途中でドロップアウトして、
周りに迷惑をかけたりした。 でも、なんとかやってた。(?)
ただ、早稲田祭という大きな舞台に2年続けて出させてもらったとき、
踊り終わってから、急に怖くなった。
「このままじゃ、なにもないまま大学おわる。」
危機感だった。
どこかにいかなきゃ、一人で。 まずは、それしか考えてなかった。
ただ、一人じゃなきゃいけない、とは強く思ってた。

そのころ、てんつくマンという人の『107+1~天国はつくるもの~』という映画を見た。
上空からのアフガニスタンの映像には、木がなかった。
人が、幸せに生きるには木が必要なんじゃないか、と強く思った。

同じころ、ワンガリ=マータイ博士がアフリカの女性で初のノーベル平和賞をとった。
この人に会ってみたい、この人のNGOに行きたい!っと思った。

そして、WAVOCの山口所長、元JICAのエキスパートの仲村さん、
そしてケニアの林業研究所(KEFRI)のMr.Micheal Mukolweなど、
さまざまな人の縁が重なり、ケニアにいけることとなった。

日本を出発する日が5月7日で、それは僕の誕生日の次の日だった。
5月6日、二十二歳の誕生日、どっきりパーティーをしてもらった。
驚くべきパーティーだった。
僕が、大学で今まで関ったたくさんの人が集まってた。
僕は何も知らなかった。 みんなで仕組んでた!
うれしすぎた。 

出発の成田。
彼女も、仲間も、家族も見送りにきてくれた。
Depature Gate に向かうとき、
「あ、ここから一人なんだ」
後ろ髪引かれた。
足が重かった。


あの時は、ケニアのイメージなんてなかったから、
本当にどうなることやらだった。
初めての一人の飛行機、緊張が半端じゃなかった。
ケニアに行く前に、いろんな人に心配をかけ(特に家族)、いろんな人から想いをもらい、
いろんな人に励まされた。
いま、考えても、無事帰ってこれて、いま日本にいてこれを書けていることがうれしい。
ちゃんと帰ってきました!
特に、彼女と家族には心からありがとうが言いたい。 ありがとう。

写真は行きのトランジットのバンコク空港で飲んだビール。
こうやって緊張を和らげた。
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次の写真は、ケニアについて、Mr.MukolweとCharlesがナイロビ空港に迎えに来てくれて、すぐ車窓から撮った写真。 
空港からナイロビ市内に向かう道沿いにいきなり野生のキリン!
すごいとこにきちまった!
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by kkiyono-lp | 2006-04-06 04:28
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