うれしいね。− 伊勢での二日間を終えて

伊勢での二日間を終えました。

五十鈴川での2回目の禊ぎとなりました。
昨年は、気を失いそうになりました。 今年は、覚悟していましたので、昨年よりも心平らかにできたように思いました。

水の中で、ずっと浮かんでいたことは、「なんのために生きるのか」ということでした。
もっとたくさんの想念が出て来ると思ったのですが、出て来たことは、ただ「なんのためにいきるのか」という問い一つでした。

禊ぎをおえたあとに、身体を包む衣服のあたたかさに感謝し、部屋をあたためる暖房に感謝し、身体が欲しているごはんをいただけることに感謝し、伊勢に来させて頂いていることに感謝をしました。

内宮に正式参拝し、近くの宇治神社にも参拝したとき、祝詞をあげていると森から風が吹きあげました。

五十鈴川の流れは清やかで、上流で命の営みを織り成してくれているたくさんのいのちに感謝の念が湧いてきました。

初めて、外宮と倭姫宮にも参拝させていただきました。

倭姫宮は厳粛で、その場所に倭姫が熱心に生きてらっしゃるようで、僕は心惹かれてしまいました。 また来よう。 人として大望、役割を果たそうと約束いたしました。

土の神、風の神に出会い、あらためて、生かされていることを実感致しました。

私たちが、私たちよりも大きないのちに生かされていることは、自明の事実です。 中山靖雄先生は、祖父母は原因であり、夫妻は縁であり、子は結果であるとおっしゃいました。
同じように、自然は原因であり、連綿と続く人としての祖先は縁であり、いま生きている私は結果ではないでしょうか。

有り難さから、うれしいね、という言葉が素直に生まれてくる。 そのような御霊と心と身体でいたい。伊勢の二日間を通じてそのように刻みました。
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by kkiyono-lp | 2010-01-11 14:37 | Story telling
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