時は生きている


ニュートン的な
時間空間の概念では
時は、等速直線運動的に 真っすぐにのびていく。
BCからADに。 645年から2009年10月27日へと。
延びていくもの。

時間の秘密を知ることは
いのちの秘密をしること

いま直感ではっきりと感じていることは
「時間はそれ自体、生きている」ということ

光の多いところに、虫達が集まるように。
生き残ることを目指して 安住の場所を探すように
生まれた川に、海を旅した後に、回帰するように
遠くの獲物をこっそりと狙い定めるように

時計とは、ある意味、手錠。 計ることができない時の躍動を鎮静化させ、時の呼吸の音を消す。

グレゴリウス歴は、ある意味、監獄。
有機的な物語を、分断し、個室にとじこめ、その素性や筋肉の動きさえ限定する拘束具。

牛飼いが牛を飼うように。
時は、人間に首輪をつけられているのか。 思い通りに名前をつけられ、操作されているのか。

そもそも、人間に時は操れない。

時は、その俎上にある、いのちによって編まれたいのちだ。

耳を澄ます。
耳を傾ける。
小さい音をきく。

谷川俊太郎さん。
はじめてお声をききました。その声は、まさにいま生まれて、まさにいま死んでいくいのちのあいだで生まれた音。 いのちの根源とつながる光の線がいのちの顕れを生み出していました。
そしてなによりも優しかった。

時は生きている。
いまはそれが大きな獣にみえる。
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by kkiyono-lp | 2009-10-27 09:50 | Story telling
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